第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ヒカルの事情を知らない一般人から見たら、ヒカルの絶望は記憶を失って途方に暮れていると判断するだろう。
例によってトレイもそう思ったのか、椅子から立ち上がり、ベッドに腰掛けてはヒカルの肩に触れた。
優しい彼のことだ、ヒカルが安心するような言葉のひとつでも与えてくれるのだろう。
そう、思いながら。
「なにも、覚えていないのか?」
「うん、なんでもない日のパーティーが終わってからは、全然……。」
「本当に、なにも?」
「覚えてない。」
「ふぅん……?」
しつこいほどに質問を重ねたトレイは、しばらく黙り、それからヒカルの耳に唇を寄せ、妖しく低音で囁いた。
「俺と、付き合っていることも……?」
背筋が震えるほどのイイ声が、耳に入って脳を通り過ぎ、反対側の耳から出て行った。
言葉の意味を理解するまで、実に10秒。
10秒もの間、ヒカルは同じ姿勢で固まっていた。
10秒が経ち、ようやく脳が言葉を理解して、のろのろと顔を上げてトレイを見る。
すぐそこに迫ったトレイの顔は、息が頬にかかるほど近かった。
「………は?」
ようやく絞り出せた声は、言葉にすらならなかった。
誰かを頼ろうにも、この場にはヒカルとトレイしかいない。
だからどうか、トレイに頼ったヒカルを責めないでほしい。
例え、のちに後悔することになっても。