第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
人魚の涙は、空気に触れると結晶と化して宝石になると言う。
そんな伝説をどこかで聞いたような気がするけれど、フロイドが流した涙はヒカルの頬に当たって流れた。
眉唾物の伝説が偽りだと証明された今、ヒカルの中で自分が信じていた仮説がぶち壊された。
ずっと、フロイドがヒカルに寄せる執着は、一時の戯れだと信じていた。
気分屋で飽き性の彼は、ヒカルに飽きたら見向きもしなくなって、オンボロ寮にも、ヒカルの傍にも寄らなくなるのだろうと。
でも、本当は違うんじゃないか。
フロイドを気分屋と決めつけ、寄せてくる好意を純粋に受け入れなかったのは、ヒカルの方。
フロイドは素直で可愛い人。
彼が寄せてくる想いは、本物だったかもしれないのに。
「フロイド、わたしのことが好きなの?」
情緒の欠片もなくストレートに尋ねたら、素直なフロイドはこくりと頷きながら涙を落とした。
「好き。ヒカルちゃんが、好き。大好きだよ。」
首に巻きついていた手のひらが離れ、ヒカルの両頬を包む。
「好きだよ。だから、ねえ、オレを選んでよ……。」
睫毛に雫をつけたまま、フロイドが唇を寄せる。
何度もキスを求めたフロイドが真に求めていたものがわかると、途端に胸が熱くなった。
この気持ちを、どうすれば伝えられるのか。
わからなくて、決められなくて、だから一番手っ取り早い方法を選ぶ。
「子供、産んでもいいよ。」
「……え?」
「フロイドの子供、産んでもいいよ。」
至近距離でフロイドの瞳が瞬いた。
左右で色彩の違う瞳は美しく、どんな宝石にも勝る。
「……なんで?」
「わからない? フロイドだって、さっきわたしに言ったのに。」
責任を取る、と呟いたのをヒカルは忘れない。
正真正銘、責任を取ってもらおうじゃないか。
「縛らせてくれるんでしょ?」
「……。」
数センチだけ顔が離れ、宝石の瞳でまじまじと見つめられる。
「……ヒカルちゃん、オレのこと、好き?」
「うん、大好き。」
あれほど認めたくなかった想いは、隠したかった想いは、拍子抜けするくらいに喉からつるんと滑り出た。