第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
どん、と身体を強く押され、ベッドの上に突き飛ばされた。
「う……ッ」
咄嗟に受け身を取ったヒカルはすぐに起き上がろうとしたけれど、身体を起こそうとした両腕を掴まれ、頭上でひと纏めにされてしまう。
「なに逃げようとしてんの? 逃がさねぇよ?」
「逃げようとしてたわけじゃ……。」
いきなりベッドに突き飛ばされたら、誰だって起き上がろうとするだろう。
しかし、そんな動作も、反論をしたことも、すべてがフロイドの機嫌を損ねるらしく、瞳孔が開ききった目で睨まれる。
「ねえ、オレにこうされると嫌? ずっと嫌だった?」
「なに、言ってるの?」
「聞かれてる質問にだけ答えろよ。」
これではまるで、尋問だ。
それほどまでに、ジェイドへ好意を向けたことが許せなかったのか。
フロイドとジェイドの兄弟愛は深い。
素性も知れぬ異世界人の女が想いを寄せたら、許せないものがあるだろうけれど。
「そりゃ、最初は嫌だったけど…――」
今はもう、違う。
そう答えたかった言葉は、声にならなかった。
嫌だと言った刹那、言葉を紡ぐはずの唇を塞がれたからだ。
がつりと当たったのは、フロイドの唇。
柔らかな唇が甘く吸いつき、尖った歯がヒカルの皮膚を傷つけて口内に鉄の味が広がった。
「ん……った……ッ」
痛みに顔を顰めて背けたら、大きな手のひらがヒカルの顎を掴み、無理やりに正面を向かされる。
「まだ、終わってねーよ?」
唇に滲んだ血をぺろりと舐められ、再び塞がれる。
まだ鉄の味が残った舌が口内に侵入してきて、戸惑う口腔をくちゅくちゅ探る。
ずるっと吸われてフロイドの口の中へ引きずり込まれたヒカルの舌が、人外なるギザ歯に触れた。
ちょっとでも噛みつかれたら、無防備な舌が裂けて悲惨な末路を辿るだろう。
恐怖に怯えながら、けれど“想い人”と初めて交わすキスに酔いしれていたヒカルの舌には、最後まで痛みがもたらされることはなかった。