第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
ユウを見逃した理由は、テンションが下がったから。
それ以上でも以下でもなく、本当にそれだけだ。
テンションが下がった理由は、ユウが女であったことに原因がある。
ユウが女だったから、気が乗らなくなった。
でも、フロイドは相手が男だろうが女だろうが、あまり気にするタイプではない。
ならばなぜ、女であるとわかっただけでテンションが……ひいては苛立ちが消えたのだろうか。
「なにが言いたいわけぇ? まどろっこしい言い方されても、オレ、わかんねーんだけど。」
「そうですか? それは困りましたねぇ。懇切丁寧に教えてさしあげたいのは山々ですが、僕はこれから、ヒカルさんのもとに出向いて彼女を誘惑しなければいけませんので。」
「……は?」
びきり、とフロイドの額に青筋が立った。
せっかく消え失せていた苛立ちが何倍もの大きさに膨れ上がって再燃し、ジェイドを強く睨む。
刺すような眼差しを受ける相手がジェイドでなければ、震え上がっていただろう。
「おや、怖い。僕だって、不本意なんですよ? でも、アズールの命令なので……。」
困りました、と繰り返し呟くジェイドの顔が作り物だと、双子の兄弟であるフロイドにはわかっている。
「ぶってんじゃねぇよ、ジェイド。ヒカルちゃんのところに行ったら、いくらジェイドでも絞めっから。」
「では、フロイド。貴方が代わりに行ってくれますか?」
「あ?」
「僕の代わりに、ヒカルさんを誘惑してくれるのですか?」
オクタヴィネルの利益のために、ヒカルを利用するのは気が進まない。
でも、ジェイドがヒカルに近づくのはもっと嫌だ。
「……オレが、行く。ヒカルちゃんのとこにはオレが行く。だから、ぜってーにジェイドはヒカルちゃんに近づくなよ?」
「ええ、もちろんです。」
愛想よく微笑むジェイドの心はあいかわらず読めなくて、膨らんだ苛立ちも治まらぬまま、足早にオクタヴィネル寮から出て行った。