第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
「……帰る。」
唐突に、フロイドが帰宅を宣言した。
すっかり動揺していたヒカルは反応に遅れ、フロイドが己の服を身につけ始めてからようやく頭が回る。
「……あ、うん。掃除、手伝ってくれてありがとね?」
「いーよ、別に。……じゃ。」
先ほどまでの馴れ馴れしさとは一転、フロイドの態度には拒絶すら感じられ、それ以上声を掛けるのはやめた。
早く去ってほしいと思っていたのに、背中を向けられると寂しい。
そう思ってしまう自分は、いよいよフロイドに毒されている。
帰ると決めたフロイドの行動は早く、シャツのボタンも留めぬまま、さっさとオンボロ寮から去っていった。
「さようなら」も「またね」も言えなかった。
フロイドがここへ来るのは最後かもしれないし、明日も顔を出すかもしれないけれど。
どちらにしても、ヒカルは気づいてしまった。
フロイドがジェイドの真似をした瞬間、心臓を射抜いたときめきは、ジェイドではなくフロイドへと向いていた。
ジェイドの腹黒くて、なにを考えているかわからなくて、ミステリアスなところが好きだった。
一見物腰柔らかそうな態度も、礼儀正しい敬語口調も、ヒカルの好みにヒットする。
でも、フロイドがジェイドの真似をした時、ヒカルの世界はすべてが変わる。
普段とはまったく違う態度や口調が、ヒカルの胸にぐっさり刺さる。
可愛い、とジェイドには抱かなかった感情が心を占め、それが恋心だと自覚するまで時間は掛からなかった。
恋をするのに、時間は関係ない。
どこかの誰かが言っていたけれど、ヒカルの場合はどうだろう。
たった二日間で、あれだけ好きだった最推しから、別の人に心変わりした。
顔だけが似ていて、あとはまったく別物の兄弟に。
「あはは、わたしってけっこう……浮気者だったんだ。」
冗談めかして呟いても、心に残るのは例えようもない虚しさだけ。
オモチャ扱いされているだけなのに、こちらの気持ちも考えられない最低男なのに、恋をしてしまった。
明るい未来なんて見えない。
決して報われない。
愚かな恋を選んでしまった自分が本当に馬鹿らしくて、開け放たれたままのドアを見ながら少しだけ泣いた。