第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
ようやくボタンを留め終えたヒカルの前へ回ったフロイドは、にっこりと笑いながら彼女の名前を呼ぶ。
「ねー、ヒカルちゃん、ヒカルちゃん。」
「ん……、なに?」
「オレねー、特技あるんだよ。見たい~?」
「……いや、別に。」
ヒカルの顔に警戒の色が浮かんだ。
なにかしでかす気では、と注意深く目を細めるヒカルの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、無意味に髪を乱す。
「だよね、見たいよね~。見たらきっと、元気になるよ。」
もとからヒカルの返事など求めてはいない。
昔からフロイドは、しようと思ったことをするのだ。
ささっと髪の分け目を変えて、耳飾りを右から左へと付け替えて、真面目な表情を作る。
そして……。
「こんばんは、ヒカルさん。元気がないようですが、どうかしましたか?」
必殺、ジェイドの真似。
フロイドとジェイドは双子なだけあってよく似ており、フロイドはジェイドの真似を、ジェイドはフロイドの真似を得意としている。
普段はアズールを揶揄うくらいにしか役に立たない特技も、披露すればヒカルが笑ってくれるのではと思ったのだ。
フロイドにはジェイドのような機嫌の取り方はできないけれど、ジェイドの真似をしてヒカルを笑わせることができる。
そう、思ったのに。
「……ッ!」
笑ってくれると思っていたヒカルは、笑わなかった。
代わりに顔をぼっと赤く燃やし、戸惑うように片手で口元を覆う。
今までに、見たことがない反応。
ヒカルを揶揄うには、絶好のチャンス。
けれどもフロイドの心は急激に冷え上がり、わけもなく苛立ちが募った。
自分が今までさせられなかった表情を、ジェイドが掻っ攫っていった気がして。