第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
本当は、部屋の掃除なんて適当に済ませるつもりだった。
そもそもフロイドは約束をあまり守るタイプではなく、授業も部活も気まぐれに顔を出す。
アズールやジェイドはそれに慣れていて、重要な式典でさえ顔を出さずとも、怒られたりはしない。
だから、いくらヒカルと約束をしても、フロイドがオンボロ寮に足を運ぶ必要性などないのだ。
それでも約束を守ってヒカルのところに行ったのは、単純に会いたかったから。
フロイドのことを怖がらず、楽しい反応をしてくれる人は好きだ。
ヒカルに会うたび、今日はどんな顔をしてくれるかな、とウキウキする。
ハグという名のご褒美に釣られて空き部屋に入ったものの、その汚さにはさすがのフロイドも辟易した。
雪の如く積もった埃、透明感ゼロの窓ガラス、部屋の隅に張った蜘蛛の巣。
まさに廃墟と呼ぶにふさわしく、途端に掃除が面倒になった。
普段のフロイドであれば、この時点で寮から出て行っていただろう。
それを留めたのは、ヒカルの存在。
(オレがいなくなったら、ヒカルちゃん泣いちゃうかなぁ?)
思い出されるのは、昼間のヒカルの泣き顔。
あの時のヒカルがなぜ泣いたのか、いまいち理解はできていない。
けれど、ヒカルの泣き顔を見た瞬間、例えようもない焦りがフロイドを襲った。
どうにか泣きやませないといけない、と意味不明な使命感のようなものが生まれ、らしくもなく必死に慰めた。
性格上、立場上、誰かを泣かせてきたことなんて星の数ほどある。
近所に住んでた人魚の少女、エレメンタリースクールの同級生、アズールと契約した生徒。
たいした理由もなく泣かせた者も含めたら、冗談抜きで星の数ほどいて、けれど、その誰もがフロイドにこんな感情をもたらしたことはない。
泣き顔を見て興奮したことはあっても、泣きやませなくてはと焦った経験は一度もないのに。
(また泣いたらヤダから、マジメにやろーっと。)
しかし、面倒なものは面倒だ。
得意の浄化魔法で部屋を清めたら、今度はヒカルの喜ぶ姿が脳裏をよぎる。
(頑張ったら、ヒカルちゃんオレのこと褒めてくれるかな?)
すごい、と喜ぶヒカルの笑顔を想像し、にへらっと笑ったフロイドはマジカルペンを片手に魔法を連発した。