第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
くあ……、と大きな欠伸をひとつして、ヒカルはジョウロで花壇の植物たちに水やりをした。
この魔法のジョウロは中の水が小川と直結していて、いちいち水汲みをする必要がない。
魔法アイテムの利便さにはいつも助かっているが、今日のヒカルの仕事はあまり捗っていなかった。
(うー、腰が重いなぁ……。)
昨夜、フロイドに襲われたせいで下半身が重い。
普段は使わない筋肉を酷使したせいと、追い打ちをかけるように掃除に励んだせい。
今さらになって思ったけれど、フロイドの暴行を隠さなければよかった。
さめざめと泣いて被害を訴えれば、身内の不始末ということでアズールたちから良い条件を引き出せたのではないか。
代わりにヒカルの中から、なにか大切なものが失われそうな気がするが……。
(あー、もうやめやめ。過ぎたことを気にするのはよそう。どうせ、三日後にはユウが帰ってくるんだし。)
気を取り直して次の花壇に向かおうとした時、ふとポケットの中にあるペンを思い出した。
昨夜、フロイドの暴行のきっかけとなったペン。
ポケットから取り出して恨みがましく見つめたが、ユウのペンに罪はない。
罪があるのはフロイドひとり。
(忘れないうちに、持っていってあげよっかな。)
ペン一本くらいなくても困らないだろうが、不慣れな生活を送る以上、愛用のものは傍にあった方がいい。
花壇の水やりを後回しにしたヒカルは、作業着姿のままユウを捜すついでに校舎内をパトロールした。
ナイトレイブンカレッジは学年に拘らない柔軟な授業スタイルで、時間割も個々で変わる。
そのため、生徒ひとりを捜し当てるのは一苦労。
途中途中、備品の点検を挟みながら歩いていると、ヒカルが一番会いたくない人に出くわしてしまった。
「あ~、ヒカルちゃんだぁ!」
「う……。」
ぶんぶん大きく手を振りながらこちらに寄ってくる男は、他生徒の中にいてもよく目立つ。
逃げたらたぶん、追いかけてくるだろう。
地獄の果てまで。