第14章 雨上がりの夕陽
信長の腕の中で泣き疲れたあさひは、そのまま深い眠りに落ちた。
目が覚めたのは、太陽が真上までのぼった頃だった。
ふと、横を見るとあさひの褥に頭だけをのせ、自分の手を繋ぎながら眠っている信長の姿があった。
長い睫毛、整った顔立ち。あさひは、その寝顔に見とれてしまっていた。
『あさひ? 起きてる?入るよ。』
家康の声が襖の外から聞こえた。
『え、信長様…。寝てるの?』
「うん…」
『あさひが川から運ばれて今日まで、ほぼ寝ずに側にいたからね。』
「そう…なんだ。」
『あさひは? 眠れた?』
「うん。」
『信長様が起きたら、もう一度診察に来るよ。その後、政宗さんの用意した膳を食べたらいい。』
「わかった。ありがとう…」
『うん、じゃあね。』
「い、家康!」
『何?』
「あ、…うん。色々ごめんね。」
『うん。』
家康は、柔らかく微笑んだ。
※※※※※
家康の足音が聞こえなくなると、あさひの部屋の中は静まり返った。
風が木々を揺らす音、鳥のさえずり。
目を瞑りながら、あさひは、すぅっと深呼吸をした。
『起きていたのか?』
「あ、信長…様。起こしてしまいましたか?」
『いや、かまわん。体はどうだ? 眠れたか?』
「はい、だいぶいいです。信長様、ずっと起きて付いていてくださったんですね。…ごめんなさい。」
『いや、俺はそれしか出来ぬからな。貴様を一人にさせる事だけはしたくなかった。』
「はい。」
信長は、ふぅっと息を吐いた。
『貴様が川にいる姿を見た時、なにも考えられなかった。なにも聞こえず、ただ貴様を抱き締める事だけを考えた。戦場でも、感じたことのない気持ちだった。』
あさひは黙ったまま、頷いた。
『貴様の命は俺のものだと決めて、満足していたのかもしれぬな。泡の様に消えることもなく、必ず側にいると思っていた。だが、お前も思うことがある。それを考えていなかった。』
「信長様、私がきちんと話していれば…」
『いや、俺が貴様に甘えていたのだ。甘く心地のいいお前に甘えていた。
あさひ、俺は貴様にこの世にある景色、町、着飾るもの、全てを見せたい。全てを与えたい。
それが在り過ぎて、時が足りない。』