第13章 桃色の涙
あさひ様は、その後二日もの間、熱が下がりませんでした。
家康様は、あさひ様の異変にすぐに気付けるようにと、部屋に屏風を立てて、そこで寝起きを始められました。
しかし、きっと浅い眠りなのか、日に日に家康様からも疲れが感じ取れました。
政宗様も、そんな家康様を気遣い、栄養のある膳を三食作り届けては、あさひ様を見舞っていました。
信長様は、今までの政務を半分に削りあさひ様の部屋に籠る事が多くなりました。
秀吉様と私は、信長様の代わりに政務をこなし、あさひ様がお目覚めになり、また日常に戻ったらやるであろう宴の準備をしていました。
光秀様は、佐助様に状況を話し春日山と小まめに連絡をしているようで、謙信殿も落ち着いて待っているようだ、と話していました。
信長様も私達も、手が空けば交互にあさひ様を見舞う毎日が続きました。
敵も味方も、身分さえも関係なく、誰もがあさひ様のお目覚めを待ち望んでいるのは明白で。
そんな架け橋のような存在があの方だと思うと、私は胸が苦しくなるようでした。
そして、少しでもお力になれたなら、と書物を読みふけっておりました。
それは、光秀様が書簡を大名に渡して戻って来た昼下がりでした。いつものように光秀様があさひ様の見舞いに行こうとした矢先。
『あさひ?! ねぇ、あさひ!』
家康様の声が城内を響き渡りました。
『家康!どうした?』
『光秀さん、あさひの瞼が少し動いたんです。大分熱が下がったからか意識が戻ってきたのかも。』
『信長様を呼んでくる!』
そして、また城内が慌ただしくなったのです。
広間で政務をされていた信長様は、光秀様の報せに文机をひっくり返しました。
すずりの墨が書類を汚して秀吉様は愕然としていました。
バタバタと、私を含め皆があさひ様の元に集まったのです。
『あさひ、あさひ!』
『信長様、まだ反応を示しただけですから…落ち着いてください。』
『あさひ、頼む。目を覚ましてくれ。
俺は、お前が居なければ生きていけぬ。
針子達が、打ち掛けを仕立て終わったぞ。誰のものでもない。お前のなのだ。
俺は、お前を日ノ本一の花嫁にして、生涯お前だけを愛でて、愛すと誓う。
だから、頼む。起きてくれ…』