第12章 泡と幻
馬で駆け出したあさひは、小袖だけしか着ておらず、駆ける度に受ける風に体の熱が奪われ、ぴったりと馬に体を近づけていた。
前方へ目を向けると、小さな小川が見えた。
「朝から走らせてごめん。少し休もう。」
あさひは、馬を降り、小川の方へ向かった。
雨で少しだけ増水した川の水は、いつもより勢いを増していた。
川縁で馬が水を飲み始めると、あさひは少しだけ馬から離れた場所にたたずんだ。
目を閉じると、心配しながら怒った家康と政宗の顔が浮かぶ。秀吉や三成、光秀の顔も浮かんだ後に、愛した信長の顔が見えた。
(こんなにも私の中にはみんなが、信長様がいる。
私には、あの場所しかない。だけど…
他の誰かと居る姿なんて、見たくない。)
こっちにおいで、と川が呼ぶ。
そんな錯覚に囚われてあさひは川の中へ入っていった。
ざぶざぶと進み、気付けば腰骨まで水に浸かってしまっていた。
また、熱が出てくるのだろうか。
頭の痛みに意識が揺らぐ。
はぁ、はぁ。寒い。
脚の感覚がなくなっちゃった。
でも、もう戻れないよ。助けてなんて言えない。
『あの方の隣』じゃないなら、この世界に在り処はないから。
『あの方の隣』以外に帰る場所はないから。
『あの方』が他の誰かと笑う姿を見たら、闇に囚われてしまうから。
幸せな記憶が
この灰色の想いに負けないうちに
幸せな記憶だけを抱えて
泡のようにとけてしまおう。
ごめんね、みんな。
もう、これしか
選べない。
あさひの頬を一滴の涙が流れた。
目を瞑って川の流れに身を任せようとした時、あさひは一番聞きたかった自分を呼ぶ声に、意識を奪われた。
『あさひ!』
「のぶ、なが…、さま?」