第11章 壊れた歯車
翌朝、あさひは、まだふらつく体を無理矢理動かし夜着から小袖に着替えていた。
(四日ほど寝てたんだ、ふらつくのは当たり前。動けるようにならなきゃ、行けない。)
雨にひとしきりあたり、2日続いた高熱はあさひの体力を奪っていた。
慣れていたはずの着替えも髪を結う作業も、息が上がる。ふらっと倒れそうになる体を急いで柱で支えたそのだった。
『あさひ、入るぞ。朝げ、持ってきた。』
(政宗!)
膳を片手に持ち直し、襖を開けると真っ青な顔をしてあさひが柱に寄りかかっていた。
『っ!おい、何してる? 顔真っ青じゃねぇか!』
政宗の声は、朝の静けさの助けで、城の隅まで聞こえた。朝げの後の薬を持って、城で草履を脱いでいた家康のもとにも。
「大丈夫、大丈夫。少し動かなきゃ。」
『って、そんな体じゃ無理だ。飯もいつもの半分なんだぞ?体力が戻ってないのは、俺だってわかる。』
あさひのこめかみには、汗が流れていた。
『あさひ!』
開いたままの襖から、息を切らして家康が入る。
今にも倒れそうなあさひは、政宗に支えられていた。小袖に着替えていた矢先だったと、家康はすぐにわかった。
『あんた、何してるの?
昨日言ったよね、まだ病人だって。あんたは、風邪を引いたら全快するのにいつも時間かかる。大名の使いは無理なんだよ!』
『大名の使い? 書簡のやつか?』
『はい、政宗さん。あさひ、これに何かかなりのこだわりを持ってて、行くって聞かないんです。』
『あさひ、何をこだわるかわからんが…無理だ。』
「もう、ほっといて!」
あさひは、政宗の優しく抱く腕を振り払い、ようやく立ち上がると、家康を鋭く見つめた。
「もう、いいから。ほっといてよ。」
『あさひ?…あさひ!』
あさひは、部屋から出ると城の廊下を駆け出した。
『おい、あさひ!』
政宗が立ち上がり、部屋の入り口で家康に問いただす。
『なんなんだ、あれ?』
家康は、驚いた様子で立ちすくんでいた。
『あの目…、あんな冷たい目、初めて見た。』
『家康、俺が追いかけるから、お前は信長様と秀吉に知らせろ。』
『あ、はい!』
静かな朝の空に、波乱の始まりを告げるように一羽の小鳥が鳴いた。