第10章 灰色の雨
『俺はここまでだ。真っ直ぐ行けば城門に着く。
一人で、行ける?』
佐助の問い掛けにあさひはゆっくりと頷いた。
『みんな、きっと君を探してる。大丈夫。
またあの部屋に、遊びに行くから…』
「ありがとう、佐助くん。元気で。」
『え、? うん…』
あさひは、ずぶ濡れになりながら歩き出していった。
それを見送ると、佐助も反対方向へ走り出す。
もうすぐ国境となる場所で、ふっと立ち止まった。
『…元気で?』
(いつもなら、またね!なのに。)
『嫌な予感しかしない!』
(あさひさん、壊れないで!)
佐助は、光秀の元に走り出した。
※※※※※
佐助に見送られ、歩き始めてどれくらい経っただろうか。普通ならすぐに城門に着く道が、歪んで滲んで、辿り着かない。
頭が割れるくらい痛んで、全身が氷のようだった。
佐助に話した話が、ぐるぐると呪文のように体に巻き付いてきて、段々とそれが現実に感じ始めた。
『あさひ!!』
大声で自分の名が呼ばれた。
ばしゃばしゃと、水しぶきを上げて駆け寄ってくる足元が見えた。
『あさひ、どこいってた?』
『ずぶ濡れだし、ちょっと体熱くない?
秀吉さん、早く城へ!』
『おい、あさひ! 聞こえてるのか?』
「あっ、ごめん、なさい。」
色のない何も写していない様なあさひの瞳に、
秀吉、家康、政宗が息をのんだ。
『歩けるか?』
秀吉が抱き抱えようとする。
「大丈夫、歩けるから。」
『転ぶから、ほら、手。』
『秀吉、城に伝えて湯殿や飯の準備してくる。
後、頼むぞ』
『あぁ、政宗。頼む。』
ばしゃばしゃと、政宗は走り出す。
城門が近付くと、そこには傘もささずに立つ信長の姿が見えた。
あさひが立ち止まる。
『あさひ? 行くよ?』
また、あの噂が呪文のように駆けめぐる。
そして、数歩後ずさんでいた。
『あさひ。』
信長の声がした。いつもなら温かく包み込む様な声が、氷のように冷たく刃のように鋭く感じた。
そして、ずきんと頭の痛みと共に、あさひは
その場に倒れ、意識を失ってしまった。
『あさひ!』
秀吉、家康、三成、信長の声が、安土の雨の夜にこだまし、そして雨の音に消えていった。