第10章 灰色の雨
「信長様がお姫様を正室に迎えるって話、知ってる?」
『あぁ、なんか噂になってるね。本当かどうか…』
「私もね、さっき噂聞いたの。
でもね、噂じゃなくて本当だよ。
最近変だったの。みんな何か隠してるようだったし。
城は献上品で一杯だし。
針子部屋に打ち掛けに使うような上質な反物の端切れが落ちてたの。お姫様を迎える準備してるんだよ。」
『それは…』
あさひさん、君のだ。と佐助は言えずにいた。
「そりゃそうだよね。突然現れた得体の知れない女が信長様の隣なんて、生きれない。
あっちゃならない。
この時代は、婚姻が国を繋ぐものだって事くらい知ってる。私より政略結婚選ぶよ。」
そう思うでしょ、とあさひは佐助の方を向いた。
「五日後に、大名に家康と書簡を届けに行くの。
信長様は行かないの。
きっと、私がいない間に謁見するんだと思う。
側室?愛人? そんなのになんて成りたくない。
あの方の側で、ずっと、ずっと笑うために残ったのに。
この気持ち、わかってくれるはずって信じてたのに…」
『あさひさん、君は…』
誤解してる。違うよ。と佐助は言いたかった。
だが、光秀からの口止めがあり、ただあさひの腕を掴むしかなかった。
雨が勢いを増し始めた。
『帰ろう、近くまで送る。』
「帰る? どこに?
聞いてた?佐助くん。 私の居場所はもうないの!」
か弱いこの体から、こんな叫ぶ声が何処からでるのだろう。佐助は、今すぐにあさひを抱き締めてしまいたかった。
『もう、消えちゃいたい…。
笑う場所も落ち着く場所も、もう無いの。
安土にひとりぼっち。』
涙は枯れて、ぼうっとする。
頭が重たくて、座り込んだら動けそうにない。
『このままじゃ風邪引く。
夕暮れを過ぎたから、きっと秀吉さん達が探してるよ。』
「だから!」
あさひが声を上げるその瞬間、佐助がぎゅっと抱き締めた。
『もし、本当に居場所がなくなったなら、俺が迎えに行く。春日山に来ればいい。僕は君の味方だ。
あさひさんなら、謙信様も信玄様も幸も…、
みんな大歓迎だ。
でも、きちんと確かめて。君の居場所がどこなのか。』
体を引き離して、佐助はもう一度ゆっくりとあさひに言った。
『帰ろう。』