第9章 噂と誤算
『そして、もうひとつ。気になることがございます。』
『何?三成。』
『針子にあさひ様の打ち掛けを仕立てる事を口止めなさりましたか?』
『あぁ、口止めした。
針子部屋にあさひが立ち寄ってしまってもいいように、違う部屋を用意して仕立てさせるよう指示した。』
『もし、その針子部屋の異変にあさひ様が気付いたとしたら一大事です。』
『三成、今日はあんた冴えてるじゃん。』
『家康様、お誉め頂きありがとうございます。』
『信長様。俺、あさひの所に行っていいですか?
いいですよね?』
『あぁ、頼む。』
家康は、信長に一礼をし足早にあさひの部屋へ向かった。
残された秀吉と三成は、信長の指示を待った。
『うかつだったか。どうやら、俺はあさひの事になると考えが甘くなるようだ。』
『宴まで八日を切りました。いかがなさいますか?』
ふぅ、信長は長いため息をついた。
『出来るだけあさひを城下に出すな。
六日後、家康と使いに出す間に抜かりなく準備せよ。』
『はっ。』
『ところで、御館様。先日大名より来た側室の申し出の書簡ですが、それはいかがなさいますか?』
付け加えるように、秀吉は信長に聞いた。
『その文の返事を、家康とあさひに届けさせるのだ。俺は家康と共に出向いた姫以外は隣におかぬ、と書いてやった。』
『そうでしたか。わかりました。では、私も三成と仕事に戻ります。』
『あぁ。』
信長は音もなく立ち上がり、城下を眺められる場所まで歩き出し、秀吉と三成は一礼をし天守を後にした。
『あと八日もないのだ。何もなく過ぎなければならぬ。』
信長は、雲が立ち込め始めた空を見上げた。
※※※※※
『何もなければよいのですが。』
『あぁ。ただ嫌な予感しかしないのは俺だけか?』
『いえ、秀吉様。私もです。』
『皆で少し話をしなければならぬな。』
『えぇ、秀吉御殿軍議…ですね。』
『え、俺の御殿なのか?』
『はい、勿論。』
三成のエンジェルスマイルが秀吉に向けられる。
『そうか。』
秀吉は、そう答えるしかなかった。