第9章 噂と誤算
(祝言をするための姫の打ち掛け。
それを針子のみんなは作ってる。)
背中を強く叩かれたような衝撃が体を駆け巡る。
何度も、違う、と打ち消した違和感が確信になる気がした。
涙は何故か出なかった。
ただぼうっと部屋の壁を見ていた。
どれくらい時間が経っただろう。
『あさひ様、おられますか?』
女中の呼ぶ声で我に返った。
「はい、ここに。」
『信長様が天守でお待ちです。』
「え、あ、はい。すぐ行きます」
(何で急に?)
ざわざわと胸の奥が軋み出す。
刺さった棘は奥深く迄、入り込んでいた。
※※※※※
「あさひです。」
『入れ。』
「失礼します。」
襖を開け中に入ると、上座に信長様が、その両脇に秀吉と三成、家康が座っていた。
何か張り詰めた空気に背筋が凍る。
『座れ。』
あさひは、信長の正面に座った。
「何かありましたか?」
『貴様に頼みたいことがあってな。』
「私にですか?」
『あぁ、世話役である貴様にだ。』
「なんですか?」
『貴様に文を届けてほしい。日付は六日後だ。
家康が護衛で共にする。安土の姫として、大名に書状を届けよ。』
「六日後…」
(一年記念日の前の日だ。)
『あぁ。何かあるか?』
「いえ、。」
『領地の外れの小川の側に温泉宿がある。大名はそこに来る。家康が書状を渡すのを見届けてこい。』
「信長様は、行かれないのですか?」
『俺はその日は外せない仕事がある。なんだ、嫌か?』
「いえ、。わかりました。」
『家康、頼むぞ。』
『かしこまりました。』
『あさひ、貴様はそのまま…』
俺の側にこい、というよりも早くあさひが話す。
「仕立てを途中にしてきました。
部屋に戻ってもよろしいですか?」
『あ、あぁ。では夕げには戻れ。』
「はい。」
そう言うと、あさひは逃げるように天守を後にした。
その姿を、信長を含めた四人が呆気に取られながら見ていた。