第9章 噂と誤算
違和感が疑惑と確信の狭間に成り始めてから一日が過ぎた。
いつものように天守で信長と朝げを終えて、仕事に出掛ける姿を見送る。
変わらないように、悟られないように出来ているかあさひはいつも気にしていた。
その日は、揃いで仕立てた小袖の襟元や袖口の刺繍をするつもりでいた。だが何故か針を持つ気になれない。
この世界に来て一年の記念日は、あと7日後で余裕がないのはわかっていた。
(針子部屋なら、出来るかな。)
支度をして針子部屋へ歩き出す。城の慌ただしさは日を追う毎に増していく。あさひは、それを見ないように、聞かないようにするのが精一杯だった。
「こんにちは、皆さん。」
針子部屋の襖を開ける。いつもなら賑やかな部屋は驚く程静かで誰一人いなかった。
「え?どういうこと?」
『あ、あさひ様。』
振り返ると、親しい針子仲間の一人が驚いた表情で立っていた。
「仕立てを皆とやろうと思って。みんなは?」
『あ、今日は違う場所でやってるんです。大きな依頼があって。』
「え、じゃあ手伝うよ。連れていって。」
『申し訳ありません。それは…』
「そう、私が行くと何かダメなんだ?」
『申し訳ありません!』
そう言うと、あさひに頭を下げ早足でその場を去っていった。
(…どういうこと?)
頭が真っ白になり動く事が出来ない。
それでもこのままは良くないと、無理に体を動かした。
その時、あさひは針子部屋の片隅に落ちている端切れを見つけた。
小さな反物の切れ端。
でもそれは、安土では見つけられないような艶やかな肌触りで、鮮やかな深紅に金糸で刺繍がしてあるようだった。
端切れを握りしめ、あさひは足早に自室へ戻った。
襖を、パタンと閉める。
2、3歩中に入り座り込んだ。
握っていた手を広げると、拾った端切れが見えた。
(何でこれが? こんな生地、見たことない。上等な着物用の反物。信長様の羽織のような…)
その瞬間、心臓がどくんと音をたてる。
(祝言…、姫。
これ、晴れ着? でも、誰の?
信長様のなら、私のところに来るはず。
じゃあ誰の? こんな真っ赤の晴れ着…
そうじゃない。信長様のじゃない。)
段々と頭が鮮明になってくる。
(これは… 打ち掛けだ。)