第8章 七色の企てと違和感 ー白と赤ー
夕げと湯浴を済ますと、あさひは天守へ向かった。
「はぁ。」
小さくため息をつき天守の襖に手をかけた。
「あさひです。」
『入れ。』
天守に入ってすぐ、あさひは昼間の文机を見た。
あの時の書状は全て無くなっていた。
『月見酒だ、あさひも来い。』
「はい。」
あさひは信長の隣に座ると、杯に酒を注いだ。
天守から見える夜空には、朧月が浮かんでいる。
「星が見えないですね。」
『あぁ、昼間の風も凄かった。明日から天気も崩れるかもな。』
「信長様は、今日何処にいらしたのですか?
昼間、天守に来たらいらっしゃらなかったので。」
『城下だ。』
「何かあったのですか?」
『散歩だ。自分の城下の見廻りだ。』
「そう…ですか。」
寂しそうに俯くあさひを見て、信長は微笑みあさひの髪をかき揚げ、口付けをした。
『寂しかったのか?』
「はい、見廻りでも一緒に行きたかったです。」
『そうか。今日は、やけに素直だな。』
そういわれて、あさひは昼間の文を思い出した。
「なんだか今日は色々ありましたから。」
『そうか。では、次の見廻りは貴様を連れていく。
では、行くか。』
「え、何処に?」
『褥だ。今日の貴様の一日を、ゆっくり聞きながら心を満たしてやろう。』
酔ってもいないのに赤らめる頬に、信長は口付けをすると横抱きにして褥へと向かった。
(祝言、姫…)
褥の中で信長の愛に包まれながら、一日を振り返り話す。
けれど、文の事だけは話せなかった。
あさひの心の中は、信長に満たされながらも刺さった棘は抜けることはなかった。