第8章 七色の企てと違和感 ー白と赤ー
「これです、光秀さん。」
『見せてみろ。』
息を切らして戻ってきたあさひを、からかうように笑いながら、あさひの首飾りを受け取った。
南蛮の細かな鎖によく似たそれは、小さな蝶々結びに硝子玉があしらわれている。
引きちぎられたような壊れ方に、きっとあの拐われた時だろう。とすぐにわかった。
「母から貰った物で、気に入ってたんです。産まれた世界の形見みたいな…」
開け放っていた戸から勢いよく風が入り、髪を揺らした。寂しさを含んだ笑顔に、光秀は目が離せなかった。
『少し預かってもいいか?』
「え?」
『直せる商人がいないか探してやる。』
「え!本当に? ありがとう、光秀さん。」
『礼は弾めよ。』
涙を溜めながら、あさひは、嬉しそうに頷いた。
『仕事があるからな、真っ直ぐ戻れよ。』
そう言うと、光秀はあさひを置いて去っていった。
一人自室へと戻ろうとあさひ姿勢を変える。
木々が風に揺れざわざわと音を出した。
晴れない疑いの気持ち、久しぶりに前の世界を話した事で出来た心の穴。
一人で埋めきれず、あさひは天守へ引き返した。
(きっと、この時間ならいるよね。夕げ前だし。)
「あさひです。」
部屋からは声が聞こえなかった。
そういう時もあるから、と天守の中に入る。
「信長様? いらっしゃらないのですか?」
がらんとした天守は、主を失った静けさしかなかった。
襖の戸を開けると、一気に風が入りこんだ。
バタバタバタ。
文机に置かれていた書状が、風で散らばってしまった。
あさひは急いでかき集め始めた。
時代特有の続き文字の多い書状を、あさひはあまり読むことが出来ない。
わかる範囲で仕分けをするしかなかった。
すると、手元から一通の書状が、ぱさりと落ちた。
「あ、いけない。」
そういうと広がった書状を手に取った。
そこには、宛名が信長とされ『姫』と『祝言』とだけは読める文章が書かれていた。
「祝…言? 姫?」
背筋がぞくりとし、胸が嫌な音で鳴り始めた。
「まさか、だから…」
今迄の不自然な疑惑が段々と鎖のように繋がり始めた。
でも確信が持てるような、何かはない。
しかし疑惑が何か形となるようで、
あさひは急いでその文を戻し、天守を後にした。