第2章 足並みの乱れ
一方、智は怒りまくっていた。
これが怒らずにいられない。
智と翔の関係は、生徒達の間でも
トップシークレットなのにだ。
(何だよ!あの武井の熱血風バカ!
生徒さえ口にしていいことを
ちゃんと知ってるのに……。
今さら何をペラペラとよけいなこと
しゃべってんだよ~!!!!)
だが、隠れ家のように使っている
美術準備室に戻る頃には、
すっかり怒りも冷め、
ジワジワと不安がつのってきた。
「ああ……もうっ……!」
とヤケクソの一言を吐き出すと、
部屋の隅に常に置いてある
イーゼルに歩み寄り、
カンバスを覆ってあった布を取る。
現れたのは、ようやく色を
乗せ始めたばかりの一枚の油絵。
心を落ち着けるために、
フウッと息を吐き、
筆に手を伸ばす。
以前、翔をモデルに描いた肖像画が
この春出品した美術展で見事に
最優秀賞に輝いた。
されが嬉しくて再び絵筆を取った。
仕上がるのはまだまだ先のことだけど
モチーフを選ぶのに迷いはなかった。
それは、智がどうしても描きたい風景
心に深く刻みみまれている映像。
五十嵐のグラウンドを
駆ける翔の姿だった。
不思議な事にそれは、
新たな学び舎である大学ではなく
ここ五十嵐学園のグラウンドでなければ
ダメなのだ。
スケッチのために大学に足を運んだが、
たとえサッカーをしていても、
知らない選手に囲まれている翔は
どこか近寄りがたい雰囲気があった。
まるで、フィルターを
かけて見ているような
錯覚になりよそよそしかった。
結局スケッチはできず
記憶の中にある高校時代の翔を
描くことに決めた。
智は、この先翔が本気で
プロのサッカー選手を
目指していくなら、
目に見えなくても確かに存在する二人を
隔てる溝はさらに広がっていくだろうと
確信していた。