第11章 最後の虚言
智の視線の先に、正門から入って来た男が
何かを探すようにキョロキョロと
あたりを見回していた。
手を上げて、その名前を呼ぶ。
「翔!!」
その瞬間、今日初めて社会人としての
一歩を踏み出す新任体育教師、櫻井翔は、
先輩教師の声に気づいて、満面の笑顔を
浮かべていた。
「智!!」
駆け寄ってきた翔は、
智がプレゼントしたネイビー紺青ネクタイを
締めたスーツ姿だった。
智は思わず吹き出してしまった。
「あーなんなの、その反応ー!!」
「だって……見慣れないからさー
カッコイイとは思うけど……こけしみたいだなぁ~」
「こ・こけしって…智それは酷くない?」
「だって……、やっぱり翔は学ランか
ユニホームの方が一番似合うのかも……」
「もう、学生じゃありません!!!」
「そうだな。今日から一人前だもんな。」
「うん。ようやくだね。」
「ああ……」
やっと……
やっと、この日がきた。
三年半、二人で周囲を欺き通し
今ようやくすべてをさらけ出せる場所を
手に入れたのだ。
昨日、翔は、智と二人で探したマンションに
荷物を運びこんだ。
今日は、最初で最後の実家からの出勤をした。
帰る家は、智といっしょに暮らす部屋。
弟の修だけには、すべてを告白したが、
両親には未だにその事実は知らない。
親をだましたことは少々気が引けるが
それでも、翔は、智のそばに居続けることを
選んだのだ。