第10章 落魄
五十嵐学園の放課後ーーーー
一日の仕事を終えて、
智は職員用の昇降口から外へ出た。
そこへ、通りすがりの武井壮が
『お疲れ様です……。』と声を掛けてきた。
翔の母親が全てをなかったことにしたおかげで
武井は今も五十嵐の教師を続けていられる。
時折、こうして校内で擦れ違うと
声を掛けてくるが、智の耳には何も聞こえてこない。
だから、挨拶さえ返す必要はないのだ。
不思議と怒りさえ感じてこない。
ただ、そんな教師がいたなぁ~と、
思うぐらいだった。
そうして、智の記憶の中に存在の影すら
残せなかったことは、武井にとって最大の罰なのだ。
だけど、智には、もうどうでもいいことだった。
風のようにと通り過ぎていく声に反応せず
智は空を見上げた。
秋の空は、どこまでも高く広がっていた。
一瞬、フラと立ち眩みに襲われた。
必死に頭を振って意識を取り戻し
再びゆっくりと歩き出す。
「やっと……終わった……
早く家に帰りたい………………」
呟いた智は、ふと妙な気分に襲われた。
『やっと……』というより……
『もう?』なのかも………………
時間のすぎるのが、早いのか遅いのか……
わからない。
いや、違う……。
時間だけじゃない。すべての感覚が鈍くなって
変になっているのだ。
だから、お腹も空かない……
感情が湧かない……
武井に対する憎しみもない。
動物を見ても可愛いと思わない。
何にも、心が動かない………
無感情になってしまっている。
今までこんなことはなかった。
智は恋をするのが好きな男だった……
いつだって失恋した後は大荒れに荒れたりもした
毎日酒浸りになって、泣いて、わめいて
八つ当たりをして、
そうして負の感情を次のステージに行くための
エネルギーに変えてきた。