第9章 夢浮橋
「知ってる?
こんな時にできることは、
たった一つだけなんだよ。」
背後から聞こえた声に
振り返った智の耳に聞こえたのは
「翔先輩を信じて、神頼みだけだよ」
と、雅紀らしい一言が降ってきた。
「----」
たぶん、落ち込んでいる智を
慰めるためのに言ってくれたのだろう。
「ふふ…神頼みって……」
そういえば、そんなことは考えたことも
なかった。
親類縁者の中でも、
唯一、自由奔放で生きてきたが
何かに祈りを捧げることなどなかった。
だって……どんなに望んでも、
叶わないことがあると知っていたから……
自分の性癖が変えられないように……
どうにもならないことがあると
わかっていたから……。
でも、もしも人生で一度だけ、
神頼みがきくことがあるのなら……
今こそそれを使いたい!!
(神様……お願いです!!
翔を助けて下さい!!!
元通りにサッカーのできる身体にして
下さい!!!!)
それ以外のことは、どうでもいいから……
自分はどんな罰でも受けるから……
……もう二度と逢えなくてもいいから……
翔さえ無事になら、他のことは全部諦める
そう、一番大事なものを諦めるから……
だから、翔を助けてーーーー!!!!!!!
「いったい何があったんです………………?」
聞き覚えの無い声が耳に入ってきた。
智は、はっきりしない目で
廊下を見渡した。
40歳ぐらいの女性が、高校生らしき
若い男に付き添われながら立っていた。
顔を合わせたことは一度もないのに
誰だかわかってしまった。
翔の母親だった。
付き添っている男は、たぶん弟の修だろう。
面立ちが翔によく似ていた。