第5章 窮鼠猫を嚙む
翔との約束のタイムリミット17時
ホントはやっちゃいけない事だって
理解はしていた……。
だけど、伊野尾慧に対する怒りからか…
振り上げた拳を下げることが
できなくなってしまった。
でも、きっと翔は……
「智……!」
駅前のオープンカフェで
ボーっと空を見上げていた智は、
心待ちにしていた呼び声に顔を下げた。
夕方の混雑の人波を掻き分けて
翔が必死に走ってくるのが見えた。
普段の待ち合わせだったら
落ち着いた様子で来るのに……、
翔らしくもなく慌てた表情や仕草が、
きっと自分のことを心から
心配してくれているんだ。
大切だと想ってくれてる証拠のように見えた。
早く来て……
飛んできて………
不快な想いをさせて悪かったと、
優しく抱きしめて………
そうしたら今日のことはキッパリと忘れて
許すから………。
一度でいいから、
サッカーよりも俺を選んで欲しかったんだ。
誰よりも何よりも俺が一番だと証明してくれれば
もうこんなバカなことは
絶対にしないから………。
我が儘も言わないから………………。
たとえ、この先、逢えない日が
長く続いても………。
我慢できるから………。
今日だけ………
今日だけでいい………。
俺に夢を見せてくれ、
俺のために他のものすべて捨ててこいよ!!!!!
「遅いじゃないか………。」
と、文句を言いながらも、顔は笑ってしまう。
だれど、何故か翔の顔に、
智と出逢えた喜びはなかった。
それどころか、さっきまでの焦りの色が
いつまでも消えないのだ。
智の心に不安の影を落とす。