第13章 魔王の平生 ~中編~誕生記念 【織田信長】
それからも、莉乃に手を引かれ城下の市を見て回った。
___町を発展させるための法などの整備はしてきたものの、実際に訪れることはほぼない。
秀吉らの報告を聞き、知っているつもりではあったが…
生き生きと行商をする者、あちこちから漂う匂い、駆け回る子供たちの笑顔。
俺が作ってきた町の生きている様子を初めて体感していた。
「信長様、、、楽しいですか?」
莉乃が案ずるように尋ねてくる。
「あぁ。
貴様とこうして出歩くなど、したことがなかったからな。」
今、莉乃といるこの時間は、天下人でもなくただの町民だ。
それならば…
つなぐ手を引き、抱き締める。町人が行き交う道だというのに。
「の、信長様!?」
「たしなめるものは誰もおらん。好きにさせろ。」
そう言って、口づけた。
城でこんなことをしようものなら…
秀吉が飛んできて、「戯れが過ぎます、家臣への示しが…」と垂れ目を吊り上げてくるだろう。
「もう!信長様ったら…」
そう言う莉乃の照れる顔を堪能しながら、他の店を見て回り、毒見のされていない色々な物を食べ、合間合間に口づけをし・・・
あっという間に時間が過ぎていった。
夕日が背中を追いかけてくる。
片手で市で買い物したものを持ってやり、もう片方で莉乃の手を握る。
「信長様があんなに人前で口付けする方だと思ってもいませんでした」
微笑んでいる。
「貴様・・・」
「なんですか?」
思い出して照れているのか、夕日がそうさせるのか・・・
頬を染めた莉乃は今まで見た誰よりも、美しかった。
この美しい女がこのような誕生日の贈り物をしてくれ、俺は自分が成そうとしている世の、その人々の「生」を知れた。
この上ない時間だった。
一生忘れることはないだろう。
「俺はただの町民だったのだから良いであろう?
貴様もまんざらではない顔つきをしておったぞ」
にやりと笑ってみせる。
…なぜか、莉乃の目は潤んでいた。
「信長様・・・
誕生日のお祝いにと計画しましたが…
祝われたのは私の方だったかもしれません。
この1日だけでも信長様と『普通』を体験できて本当に…
嬉しかったです」