第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
信長様は今まで、欲しいものは手に入れてきた。
人並外れた忍耐力と知恵、統率力で。
莉乃のことは手に入れたいのだろうか??
結局・・・
兄でいるしかないんだろうな…とため息をついた。
自分の胸にある切なさを雨音に閉じ込めて。
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軍が城に帰還したのは、城を発ってから4週間も後のことだった。
家康、光秀と共に莉乃も城門で出迎えの輪に加わる。
着ているのは、藤色の小袖。
裾に藤の花の刺繍をあしらい、小春日和の今日にぴったりな装いだった。
(信長様から受けた最初の注文の着物だったな)
そんな思い出に浸りながら、一行の影が見えるのを待つ。
信長様のシルエットが見えたときは、胸が高まった。
天主に夜着をかけにいった晩以来・・・
気持ちを占める信長様の割合が日に日に増えていった。
今まで信長様がしてくれた事を思うと、胸が暖かくなるのと同時に切なさに襲われる。
こんなに会いたいという気持ちが膨れ上がっていたとは、
姿を見るまで気づいていなかった。
帰還までの毎日・・・
城での雑用や着物を縫うことで、意識的に信長様から気持ちを離していた。
今、その想いがはじけそうになっている。
「…ほう、こんな顔もするようになったか、バカ娘。」
光秀は誰にも聞こえない声でそう呟いた。