第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
___藤色の着物を確認した瞬間、誰よりも早く駆けてあやつの元へ行きたかった。
感情が抑えられず一度だけそうしたように…
胸にかき抱いて、その艶やかな髪のひんやりとした冷たさを感じたかった。
思考がすぐに出るそのまっすぐな瞳に、俺だけを映させたい。
驚くべき集中力で着物を仕上げるその指に、口づけて絡めたい。
熱く燃えたぎる気持ちを抑え、この半年過ごしてきた。
抑えられている、自分ではそう思っていたが…
あやつがこちらの世に現れて以来、こんなに長く離れているのは初めてだったこの期間が、さらに想いを増幅させたらしい。
いつか言った
「私のことを愛し、慈しんでくれる方と」と。
待つのも一興・・・
そう自分に言い聞かせて、馬の歩みを弱めたのだった___
「信長様、お帰りなさい」
「あぁ、息災だったか?」
私は深く息を吸い、背筋を伸ばす。
「あの、信長様、、、お話したいことがあります」
「なんだ?」
「ここではちょっと・・・・」
「・・・・・これから軍議がある。
おそらく今夜は遅くまでかかるだろう。
待てぬ用事か?」
____信長様はさらに痩せていた。
元々筋肉質で無駄な肉はついていなかったけど、
より端正になった輪郭が余計にその瞳の強さを際立たせている。
「い、いえ。
急ぎではありませんので・・・お忘れください」
そこへ光秀さんがやってきた。
「信長様、湯殿の準備が出来ております。
湯浴みが終わり次第、軍議を開始したいのですがよろしいですか?」
「構わん」
そういって二人で行ってしまった。
私は、やっと気づいた自分の気持ちを持て余しながら、
愛しい人の背中を見つめるしかできなかった。