第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
____ その頃、信長たちは・・・
(思いの外、鎮圧に時間がかかってしまった。)
政宗の「大暴れ」とも言える軍の進行に、内紛を企てていた大名はお縄となり、
それを発端とした一揆の発生は秀吉と三成が上手く収め、やっと城に帰還できる、そんな時だった。
時間を追うごとに天候が悪化し、強い雨風に足を止めざる得なかったのだ。
強まる雨音、雷・・・
帰郷の途中にある、傘下の大名の御殿にしばらくとどまることになった信長たちは、荒れ狂う雨と風が立ち去るのをただ待つしかなかった。
「信長様・・・?」
ただ外を見つめるばかりの信長に秀吉が声をかける。
「・・・これでは城に戻るのがさらに遅くなるな」
「お急ぎのご用事でもありましたか?」
「いや・・・」
秀吉は自分の主の横顔を見つめながら考える。
城での政務は、光秀と家康が滞りなく行っているはずだ。
城と戦場を行き来する伝令からは、少なくとも問題は無くいつもの安土であることが伝わっている。
信長様は何を・・・
・・・あぁ、そうか、 莉乃か。
この半年で、信長様は変わられた。
戦場で鬼のように刀を振るうのは相変わらずだが、
それ以外の時折見せる表情が柔らかいものに変わっていったのだ。
特に莉乃を見る時の信長様は・・・
眼差しの優しさに、なんとも言えない気持ちになる。
もう一つ、信長様が変わったことがある。
半年前に莉乃が夜伽を断って以来、信長様は誰にも夜伽を命じていない。
戦や遠征などで信長様が滞在されるとなれば、その地区の大名は宴を開くなどしてもてなす。
そして、もてなしの一つに・・・
信長様の夜伽のお相手をさせようと、女が差し出される。
先日の鎮圧後、そして今夜もそうだった。
大名のもてなしを受ける、というのはその土地とのつながりをより強固にするということ。
気乗りしない事であっても、『出されたものを受け取る』事が今後の円滑のために必要な場合もあるのだ。
しかし、信長様はそれを必ず断るようになっていた。
いくら信長様の右腕とは言え…
想い人がいるって分かってるのに、『他の女と政治的潤滑のために寝てください』とも進言できるわけもなく…