第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
腕の長さ、腰周り、肩幅・・・
信長様の背中側に立ち、体のあちこちを採寸していく。
体に触れたのは、あの夜以来だった。
着物を作るのに必要な情報を採寸しているだけなのに・・・
頭の中で立体的に浮かばれていくその形は、
自分とは全く違う「男性の体」を意識させるものだった。
無言で採寸してはメモを取る私。
無言で採寸される信長様。
正面に周り、肩幅を再度採寸しようとして、後悔した。
真紅の目を、見てしまったから。
その目が、あの三日月の晩のようだったから。
「明後日から、内紛を収めに行かれるそうですね。」
「聞いたか」
「はい、秀吉さんが教えてくださいました。」
「帰ってくる頃には、できておるか?」
「はい、急いで作りますね」
信長様の目をそれ以上見ないようにしながら会話をすることで、
私はその場の熱から逃げるしかなかった。
採寸を終えると、
「今夜は冷えるな・・・ゆるりと休め。」
そう言う信長様におやすみなさいの挨拶をして天主を後にした。
___信長様達が城を出てから、12日が過ぎた。
城に寄越された伝令から聞いたという戦況を、
家康の御殿で薬作りを手伝いながら聞く。
「・・・なかなか決着がつかないらしい。
織田軍の三強が行ってもこれだから、長期戦になるかも。」
「信長様、大丈夫なのかな・・・」
おや?という顔の家康。
「あんたが気になるのは信長様だけ?」
「み、皆さんの事が気がかりだよ」
ふーん、という顔で見てくるが何も言わない家康に
「今作ってるのは何の薬?」と訊ねてみる。
「傷の薬。あんたも少し持って行きなよ。必要でしょ?」
ちらりと私の指先を見て塗り薬を分けてくれた。
裁断はさみで少し切ってしまったのを見つけたらしい。
信長様の夜着作り、頑張っていたから…
「ありがたく頂戴します」
うやうやしく受け取る私に
「ばかじゃないの」
冷たく言って作業に戻る。
口元が笑ってるのに気づいたけれど、黙って見逃した。