第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
「信長様の傘下の地域で内紛があってな。
大きな一揆も起きそうな厄介な状況になっちまって。
信長様が直々に収めに行かれることになった。
もちろん俺も同行してお守りするが、一応知らせとこうと思ってな。」
「そう…
どのくらいかかりそうなの?」
「うーん、10日ってとこだな。今、三成が策を練ってるとこだ。」
報告を終えた秀吉さんは、足早に部屋から出ていった。
「10日か。長いなぁ。」
「長い」と感じるようになった自分の心境に驚いてしまう。
それよりも…
何が「長い」のか、を自覚したくない、そんな気持ちだった。
___その晩
「莉乃様、信長様が天主でお呼びです」
小姓さんにそう言われ、こんな時間に珍しいと思いつつも天主に向かった。
「来たか」
「いかがなされましたか?囲碁ですか?」
私は時折、信長様の囲碁の相手をするようになっていた。
と言っても、相手になるどころかいつもこてんぱんに負けているのだけれど…
「仕事の依頼だ」
「信長様・・・
昼に申しましたとおり、私の着物をご依頼いただくのは・・・」
「貴様のではない、俺のだ」
「信長様の??」
初めての依頼に驚きつつも、話の先を待つ。
「・・・夜着を頼みたい。暖かくてよく眠れるような」
ふと天主内を見渡すと、文机には昼間よりも高く積まれた書状が載っていた。
さらに、信長様宛にきた書簡も渦高く積んである。
報告書と思われる紙の束や、地図、本も。
電話も、パソコンもメールも無いこの時代、国を治めるいうのはとんでもなく大変な事なんだろう。
ましてや自分の城と城下だけでなく、同盟国も敵国もある方の心労は・・・
『よく眠れるような』という依頼に、なぜか胸が痛んだ。
「分かりました。少しお待ちくださいね。」
私はすぐに部屋に戻り、巻尺とメモ紙を持ってきた。
この時代、着物というのはほとんどがオーダーメイドだ。
SやMといったサイズの概念がないため、体の寸法を測り、型を起こして制作する。
「信長様のお着物を作るのが初めてですので、寸法を計らせてください」
「承知した」