第38章 水色桔梗 ~2020誕生記念~ 【明智光秀】
宴の翌日。
昨晩聞いたことは、武将の誰もが「今後話題にしない」と決めていた。
光秀以外の武将たちにとって単純に「面白くない」というのもあったが、莉乃が余計な辛い感情を抱かぬように、思い返さぬように、という配慮でもあった。
「家康・・・あたまが・・・割れる・・・」
家康 「だろうね。はい、飲んで。」
おでこに手のひらを当てながら眉間にしわを寄せる莉乃に、家康は薬と水の入った湯飲みを渡した。
案の定、昨晩想定していた通りの症状になっていた莉乃に、家康は苦笑いを隠し切れない。
「にっ、苦っっ・・・」
家康 「自業自得。あんなにパカパカ飲むからでしょ。
ったく、次の宴は気をつけなよ」
「次の宴かぁ・・・」
しまった、と家康は内心悪態を付く。
光秀さんの誕生日はすなわち、莉乃に苦い記憶を思い出させてしまう日・・・
連想させるようなことを口走ってしまった自分に腹が立った。
家康 「と、とにかく。酒飲むときは気をつけて」
「はぁい・・・」
家康 「あと・・・この皺(しわ)」
莉乃の眉間の間の皺を指で伸ばす。
家康 「ちゃんと休みなよ、
戻らなくなって醜女(しこめ)になっても知らないから。」
「うっ、それは困る・・・薬ありがとう」
眉間に手をやり、礼をして部屋から出て行く莉乃。
襖が閉まり、足音が遠ざかっていく。
家康はその音の名残に重ねるように、ぼそりと一言呟いた。
「醜女になったって、俺はあんたのこと・・・」
本人に伝わることは絶対にない、その先の言葉をぐっと飲み込む。
それはまるで先ほど莉乃に渡した薬のように、苦い。
そして自分らしくない振る舞いを咎めるように・・・
今しがた触れた指先を握りしめながら、家康は職務に戻っていった。