第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
「信長様…
デザイナーというのは、お客様に着ていただくものを考案する者です。
もちろん、自分で考案したものを着ることもありますが…
私はどなたかのために、その方が喜んで着て下さる着物を縫いたいと思っています。」
「・・・そうか」
信長様はなにやら思案しているようだった。
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「せっかく作ったのだから」と頂いた、さきほどの小袖とその代金を手に自室に戻る。
ひんやりとした風が部屋を翔ける中、
こちらに来たばかりのことが思い出された。
___夏が始まろうとしていた頃。
城をぬけだそうとしたあの三日月の晩。
一度だけ、信長様に抱きしめられた。
あの晩以来、信長様が私に触れたことは一度もない。
出会って2日で夜伽を命じた割には、以降は紳士的な態度をとってくれている、と思う。
私が心の内を正直に話し、元いた世に帰れる日が来るまで城にいると決心した時。
信長様はお針子の仕事を下さった。
最初はうまく縫えなかった。ミシンもないし・・・
しかし、針子の先輩方の指導もあり少しづつ、着物としての形は縫えるようになってきている。
最初の頃に信長様が着物を贈ってくださったことはあったけれど、
お針子になってからは、私に制作を依頼してそれを私が作り、私が着る…
という不思議な関係が続いている。
元々デザインすることは好きだったから、
「莉乃の考案した柄は斬新だ」と褒めていただけるようになっていた。
「莉乃いるか?」
障子の向こうから秀吉さんの声がした。
「どうぞ~」
秀吉さんはまるで兄のように、事あるごとに気にかけてくれている。
部屋に入るなり、笹に包まれた団子をポンと渡してくれた。
「秀吉さん、会うたびに私に甘味渡してたら・・・
私そのうち、障子に引っかかって入れなくなっちゃいそうだよ」
「いーんだ、たまには甘やかさせろよ。
お前は妹みたいなもんなんだから」
そう言ってにこにこするが、その表情は長くは続かなかった。
「明後日から信長様と俺と政宗の軍はしばらく留守にする。
三成も参謀として一緒にだ。」
「えっ!?ずいぶん急にどうしたの?
何かあった??」