第28章 御伽の国の姫~別館~【上杉謙信】R18
信長 「莉乃、貴様は織田家ゆかりの姫として、また織田軍の世話役として。
針子としても仕事をしているな。
その全てを捨てて越後に行くこと、後悔はないのだな?」
「はい、後悔はありません。
でも一つ、訂正させて下さい。
私はここでの生活を『捨てて』越後に行くのではありません。
私の故郷は、変わらずここです。
新たな生活を築けるのは、ここ安土での生活があったからこそ。
どちらか二者択一とは思っていないのです。」
こう言うのは賭け、だった。
謙信様にまた不安を植え付けてしまうかもしれない。
それでも、今まで生活してきたここの皆さんを大事に思う気持ちを偽るわけにはいかない。
大事な大事な人たちだから。
謙信様にはこれから過ごす時間で、この真意はきっと伝わるはず。
そう信じて、思いのままを口にしたのだった。
沈黙が広間を飲み込む。
信長 「承知した。いつでも貴様の故郷に戻ってくるが良い。
謙信、莉乃は織田軍と上杉・武田軍の間の和睦の象徴として貴様に預ける。
もしも莉乃が泣き戻るようなことがあれば、貴様の元へ100万の軍勢を送り込むぞ。
いいな。」
謙信 「俺に『もしも』など存在しない。
あるのは生涯をかけ莉乃に捧げる愛だけだ。」
日本を代表するトップクラスの将同士の言葉を超えた『気』のやりとりが広間に満ちている。
しかしそれは不思議と暖かく、恐ろしさなど全くない。
光秀 「ほら、顔を拭け」
いつの間にか流れ出ていた涙を、光秀さんが渡してくれた手ぬぐいで拭く。
秀吉 「莉乃、月に一度は里帰りしろ。
それから、文は3日に一度はよこすこと、いいな?」
義元 「豊臣殿は莉乃の兄上か何か?」
くすくすと笑っている義元さんに、
三成 「兄役でなくとも・・・皆がそう思っていますよ。」
少し悲しそうに返す三成君。
信長 「辛気くさい顔をするな、貴様ら。
莉乃の故郷はここだと申したではないか。
すぐに帰ってくるやもしれんぞ」
そうならない事は信長様もよく分かっているだろうに、こう言って笑ってくれる懐の広さに、また涙があふれてくる。