第1章 真紅の彼方 ~前編~ 【織田信長】
___気付かなかった貴方の想い
私の気持ちを夜着に込めて、
どうかあなたをあたためさせて______
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莉乃がこの乱世に飛ばされてきてから、夏が過ぎ、秋も過ぎ…
季節が半周しようとしていた、霜月の安土城。
お針子 兼 織田軍のお世話係として安土城に住んでいる莉乃は、今日も仕立て終わった着物を納めに天主へと向かっていた。
「信長様、莉乃です。着物をお届けに参りました」
「貴様か、入れ」
信長様の文机には沢山の書状が積み重なり、
飲む間もなく仕事をしていたのだろうか____
淹れられたお茶に温かさは残っていないようだった。
「信長様、最近・・・お忙しそうですね」
信長様は相変わらず威厳のある風格だけれど、
私がこちらに来た頃より少し痩せたように感じる。
「案じるでない。
貴様がこちらの世に来る前と変わっとらん。
そんなことより、着物を早く見せろ。」
信長様はいつも着物の仕上がりを楽しみにしてくれている。
天主の衣桁(いこう)に、持参した小袖をかけてよく見えるようにした。
今回の依頼は、
「年末に行われる大きな宴に着るための、菊をあしらったもの。」
だった。
信長様の依頼はいつもイメージだけ伝えてくる。
それを図案にし、形にするのは私の仕事だ。
「貴様、精進したな。」
着物を眺めながら満足そうに言う信長様に、意を決して抗議する。
「お針子として着物のご注文をいただくのはありがたいのですが、私が着るためのもの、となりますと…
自分で縫った着物を自分で着て、お賃金をいただくわけにはいきません。」
「貴様は『でざいなぁ』なのだろう?
自分で考案した絵柄を縫い、それを着るのは気に入らんのか?」
何を言ってるのかわからない・・・
という顔でこちらを見てくる信長様には『でざいなぁ』の仕事がどのようなものか、今ひとつご理解頂けていないのだろう。