第21章 猛将の憂鬱 ~後編~
____その晩
信長は莉乃の自室へ向かっていた。
用があれば小姓を使って相手を天主へ呼びつける。
自分から出向くような事はしない。
これが城主である信長のやり方だったが、自ら莉乃の部屋へと向かうことで、少しは・・・いや、だいぶ譲歩しているつもりだった。
部屋から明かりが漏れている。
まだ寝ていなかったか。
「莉乃」
呼びかけるが反応がない。
ほんの一瞬ためらう気持ちがあったが、恋仲の女の部屋だ、開けてもかまわぬだろうと判断し障子に手をかけた。
…まだ恋仲だと思ってくれているのだろうか、
少しの不安と共に。
そこには、針と縫いかけの布を持った莉乃が、柱にもたれてうたた寝をしていた。
久しぶりに見る莉乃の気の抜けた姿に、信長の胸には暖かい何かがこみ上げてくる。
ここ数日、見るのは気を張って一切の感情を封印した莉乃の姿だったから。
そして、意識がないことに少し、ほっとする気持ちもあった。
部屋の隅にきちんと重ね折られていた布団を敷いてやり、指から針と布をそっと外す。
己で布団を敷く、など何十年ぶりにしただろう。
恐らく、幼少の頃以来だ。
なるべく揺らさぬように、横抱きにした莉乃を褥に運び下ろした。
天主の絢爛豪華な閨(ねや)とは違い、莉乃の自室、そして布団は質素だ。
莉乃の部屋で過ごしたことはほとんどない信長は、愛しい恋仲とその部屋をしばらく眺めていた。
「莉乃らしい部屋だ」
小さく呟くと、莉乃が寒そうに身をよじるのが見えた。
部屋に灯っていた蝋を吹き消し、
羽織を脱いで莉乃にかけ、隣にそっと横たわる。
規則正しい呼吸を繰りかえす莉乃の髪を手櫛ですきながら、狭い布団の中で体を寄せた。
莉乃が寒くないように。
そして信長は、莉乃の温もりを乞うように、
莉乃を胸に閉じ込めるように抱いて、目を閉じた。