第21章 猛将の憂鬱 ~後編~
(信長Side)
天主へと向かうほの暗い廊下___
どちらも一言も発しないまま、信長の数歩後ろを莉乃がついて行く。
(怒り、だけではないな。悲しみもか。)
人が纏(まと)う気に鋭い信長は、今は莉乃に話しかけるべき時ではないことを、彼女から発せられる複雑な感情から悟っていた。
(莉乃は感情的だがなかなかに聡(さと)い女だ。
上手いこと言いくるめようとしても火に油だろう。
かと言って高圧的な態度で押さえ込もうとするとあやつの態度まで硬化させてしまう。
普通の女は、俺が少々手荒く扱えばすぐに大人しくなるのだが…
莉乃には効かぬからな。
ここは正攻法で行くしかないか。
この俺がここまで手を焼かされるとは…
__いや、焼かされているのではない、か… )
天主の襖を開けてやり、先に中に入らせる。
「座れ」
「立ったままで結構です」
(長居はしない、ということか。)
「俺があやつらに貴様の行動を見張るよう仕向けた」
「…なぜですか」
「貴様が…心配だった」
「言いましたよね、一緒に行く針子の名も、見て回る場所も。
それに、夕餉を食べ終えたら帰る、とも。
私は行動を監視されるような…
信長様からの信頼を損ねるような事は、今まで一度だってしていません。」
「あぁ、確かに聞いた。
貴様が俺を欺くような女ではないことは俺が一番良く知っておる。
だが…
あのように着飾り、いつもと様子の違う貴様を俺の目の届かぬ所にやるのが…
ああ、もう良い、申し開きはせぬ。」
何食わぬ顔をして天主を吹き抜けていく風。
反対に、二人の間にあるのは重苦しい空気と沈黙だけだった。