第1章 噂話、の筈だった。
食堂は昼時で少し混み合っていたが、空いていたカウンター席を見つけて座り食事を頼む。
メニューを見ながら「これ今度作ってみよ~」と料理のレパートリーを増やそうと思案するサッチのこの癖は、最早一種の職業病だと思う。すると突然、後ろの席から大声が聞こえてきた。
「だから本当だって言ってるだろ!?」
「でも虎は閉じ込められてる筈だろ?外に出られる訳無いじゃないか!?」
「俺がこの怪我をしたのは5日前の夜だ!それに虎に噛まれたらこんな傷じゃ済まないだろ!?」
言い合いをしていたのは村の青年2人。1人は首の辺りに怪我をしているのか、ガーゼを貼っている。
「おい、ちょっとその怪我診せてくれるか?」
「は?アンタ誰だよ…?」
「ただの船医だよい。白ひげ海賊団って言えばわかるかもしれねぇが。」
「白ひげ…!?アンタまさか"不死鳥のマルコ"…!?」
「アタリだよい…で、お前さんのその首の怪我、診てもいいかい?」
それを聞いた青年は頷くと、首に貼っていたガーゼを剥がした。
するとそこにあったのは、血が出ていたであろう赤黒い2つの穴のような傷跡。
「おいマルコ…?」
後ろから話し掛けてきたサッチにも傷跡を見せると、何だこれ?と言いたげに俺を見てくる。
「普通に考えて、虎に噛まれたならもっと広い範囲に歯型がついてる筈だよい。こんな2箇所だけの歯型なんてつく筈無いだろうし、首元に噛み付かれたら恐らく首の骨がやられるだろうから、こんな軽い怪我で済むはずはねぇなァ…」
俺が口にした言葉を聞いて、サッチや怪我をしている青年含めその場にいた全員が顔を青くした。
「って事はつまり…」
「この怪我は、恐らく虎に噛まれて出来たもんじゃないって事だよい」
周りにいた客がザワザワとどよめく。
虎でないのなら、一体彼は"何に"襲われたのか。
そもそも虎は洞窟に閉じ込められているのではないのか。
様々な声が飛び交う中、青年が声を上げた。
「だから言ってるだろ!?俺は虎に襲われたんじゃない!夜に出る化物に襲われたんだ!!あの森には虎の他に、別の化物もいるんだよ!!」
そして青年は俺にこう言ったのだ。
「マルコさん、化物の事調べてくれないか?」
嫌な予感は何でこういう時ばかり当たるんだろうか。
面倒事に巻き込まれるのは御免だったのに。