第1章 噂話、の筈だった。
「もう2年近く前の話になるし、今その虎がどうしているか私にはわからないけどね。ただ最近は"昼に森に入れば虎に、夜に森を歩けば化物に襲われる"なんて噂になっているみたいでね。まぁ化物なんて、虎の噂話に尾ヒレがついただけなんだろうけど…」
そう言うと、空になった俺達のカップを見てもう一杯入れようか?と聞いてきたが、他にも行く所があるからと断りを入れた。
「引き留めて悪かったね。預かった武器は責任持って直しておくから、また3日後に引き取りにおいで。」
「わかった!じゃあ宜しくな~!」
「コーヒー美味かったよい。御馳走さん。」
武器屋を後にして商店街を歩き出せば、さっきまで居た店の静けさが嘘のような賑やかさだった。
「サッチ、さっきの話どう思う?」
「え?白い虎の噂話は本当だったって事だろ?」
「いや、虎じゃない。夜の化物の方だ。」
そう、"化物"。島に着くまでは"凶暴な白い虎"の噂しか無かったのに、店主からは夜には"化物"が出るとの噂も聞いた。
夜の化物の正体もその白い虎なのかと思ったが、もし同じならわざわざ昼と夜で呼び方を変えるだろうか?
「…この島には白い虎以外にも何かいるかもしれねぇよい」
「確かにいるかもしれねぇけどよ、オッサンが言ってたみたいに噂話に尾ヒレがついただけって線もあるじゃん?そんな気にする事か?」
「……。」
確かに、普通ならそこまで気にする話ではないし、気になるなら夜の森に行かなければいいだけの事。ただ、何か嫌な予感がするのだ。
最近増えたという夜の化物の話。
もし、それが本当なら?
「大体、島に着く前は俺が話した白い虎の噂話もロクに信じてなかったじゃねェか?…あ、もしかしてマルコ、実はこわ…」
「んな訳あるかよい!」
流石にイラッとしてサッチの足を思い切り蹴りつけた。
「い゛っっってぇ!!!!っちょ、悪かった!悪かったから蹴るのやめて!歩けなくなるから!あと昼飯も奢るから!」
さっきの武器屋での余計な一言分の苛立ちも含めて蹴ってやったからか、相当痛そうにしている。
「…ったく、次そんな馬鹿げた事抜かしたらそのリーゼント切り落とすぞ」
理不尽…!と恨めしそうに睨んでくるサッチを無視して、昼飯を食べに食堂に入った。