第1章 噂話、の筈だった。
この島の森の洞窟に白い虎が閉じこめられた後、被害が無くなった村は落ち着きを取り戻して穏やかな生活を送っていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
島に立ち寄った船の行商人の男が、面白半分で森に入り込んだ。
噂の虎が出るのは昼だから、夜なら危険ではないだろうと言い張り、1人森の奥の洞窟へと向かって行った。
所が男はいつまで経っても帰らず、遂に夜が明けてしまった。
心配した村人と同僚達が森に入ろうとすると、森の入口付近で首から血を流し顔を青くして倒れている男を見つけた。
一体何があったのか、まさか虎に襲われたのかと聞くと、男はこう言った。
"化物に噛みつかれて血を吸われた"
それから、度々妙な事が起こるようになった。
森に狩りに行った猟師が見たのは、血を吸われて干からびてしまった動物の死体。
そして村人が寝静まった深夜の村に人魂が出た、見たことの無い子供が歩いていたという話まで出てきた。
その話はすぐに島全体に広まり、それから噂話は
"昼に森に入れば虎に、夜に森を歩けば化物に襲われる"
という風に変わったのだった。
「…というのが、今俺が知っている、この島に流れている噂話です。」
話終えると、ラグは一息ついてお茶を飲んだ。
「…なんつーか…こんな事言うのもなんだけど、本当に絵本の中の話みたいだなぁ…」
サッチがポカンとしながら呟くと、ラグは苦笑いしながらこちらを向いた。
「俺も最初はそう思ってました。だから夜の森に入ったんです。この村は小さいし、娯楽も多くない。だからほんの暇つぶしというか、度胸試しみたいな感覚で。まぁ俺が森に入ったのは、ただ仲間内でジャンケンに負けたからってだけなんですけどね…。そんな事が無ければ、自分から森に入ろうだなんて思う人は居ませんよ。」
そう言いながら首の怪我に手を当てて、ある一冊の本を差し出した。
「これは?」
「俺が調べた、化物の予想が載っている本です……本当にいるとは思っていなかったんですけど、これが一番近いかなと思って…」
差し出された本を受け取り、ページを開くとこう書かれていた。
「吸血鬼、なァ……」
虎の次は吸血鬼。次々に出てくる絵本の様な話の内容に、正直この後もついていけるのかどうか不安になってきて、思わず小さく溜息をついてしまった。