第82章 誘惑
「信長様っ!」
尚も取り縋る女の姿に言い様もなく苛立ちが募り、酔いの回った頭は常の冷静さを欠いていたのかもしれない。
綾姫の手が己の夜着の袖に触れた瞬間、信長はその手を乱暴に掴んで引き寄せ、その華奢な身体を近くの壁に力強く押し付けていた。
「きゃっ…痛っ…」
背中を強く押し付けられ、手首をきつく拘束されて、その痛みに思わず顔を顰める綾姫の身体に、信長は覆い被さるように距離を詰める。
「それほどまでに、俺に抱かれたいのか?」
「っ……あっ……」
「自ら進んで寝所へ侍ろうとするのだから、さぞかし俺を満足させる自信があるのだろうな?」
壁側に拘束したまま、足を割ってその間に己の身体を滑り込ませると、僅かに固くなり始めていた熱の塊りを、ぐいぐいっと押し付けてやる。
足の間に男の欲の塊りを擦り付けられて、綾姫はかぁっと顔を赤らめて顔を背けた。
「っ…やっ…いやっ……」
「いや、だと?貴様が望んだことだ。俺に抱かれたいと、俺が満足するまでその身を捧げると…そう言ったのは貴様だ。
今更、言葉を違えるのか?」
「あっ……あぁ…」
押し付けられる熱い昂りとは正反対に、吸い込まれそうなほどに美しい深紅の瞳は、何の感情も持ち合わせていないように冷たく凍りついていた。
その冷たい瞳を見ていられなくて背けた顔を、信長の長い指が捕らえて強引に目を合わせられる。
熱い吐息が直にかかるほど近くに唇を寄せられて、綾姫の胸は壊れてしまいそうなぐらいにドキドキと早鐘を打っていた。
顎先にかけられた指が、クイっと持ち上げられて強制的に上を向かされる。
意地悪そうに口の端を上げた端正な顔がじわじわと近づいてきて…淡い期待と恐ろしさにコクリと喉を鳴らす音が、耳奥に響く。
(っ…だめっ…もう…立って、いられないっ……)
強張った身体は、足先から力が抜けるように震え出していた。
信長の薄く綺麗な唇が、綾姫の震える唇に重なりかけたその時、綾姫の身体は壁に背を押し付けたまま、ずるずると足元から崩れ落ちた。