第115章 紀州動乱
門前の敵を蹴散らして閉ざされた門を打ち破った明智軍は、その勢いのまま御所の内へと雪崩れ込んだ。
「進め!毛利を討ち、主上をお救いするのだ」
『内裏を占拠した朝敵毛利元就を討つ』という大義を掲げた光秀は兵達を鼓舞する。
本来ならば雅な香が漂い、季節の花が咲き誇る美しい庭は今や硝煙の匂いが立ち込め、白砂は無遠慮に踏み荒らされている。
光秀は建物への延焼を抑えるため火器の使用は最小限にするよう命じていたが、それでも彼方此方で鉄砲の破裂音が響いていた。
ヒューッ…ドンッ!
突如、風を切る音がしたかと思うと、大きな爆発音とともに赤々とした炎が噴き出した。近くにいた味方の兵が一瞬の内に爆風に吹き飛ばされた。
『焙烙火矢』
陶製の焙烙に火薬を詰め、点火して放つそれは、着弾と同時に激しく炸裂し、炎と破片を広く撒き散らす破壊力と殺傷力に長けた武器だ。
青く晴れ渡る昼空を裂き、次々と轟音が都に響く。
「これはこれは…謀神は本気で都を焼き尽くすつもりのようだ。風雅の何たるかを心得ぬ無粋な男よ」
次々と遠慮なく撃ち込まれる焙烙火矢を目にして、光秀は眉を顰める。
海戦を得意とする毛利軍が敵方の船に焙烙火矢を投げ込んで沈めるのは常道だが、ここは貴人も住まう京の都である。
家々が密集する京の町は一たび火災が起きると瞬く間に燃え広がる構造になっており、都人は古来より戦乱の度に家や店を失い、焼け出される憂き目に遭ってきた。
戦はそれまでの平穏な日々を呆気なく覆す。
苦労して手に入れた穏やかな暮らしが理不尽な暴力によって一瞬の内に崩れ去るのだ。
信長は足利幕府が衰退して荒れ果てていた京の町を建て直し、商いや文化の振興に力を尽くした。高い官位や身分を得ることに関心はなく帝や公家衆に擦り寄るようなことはしなかったが、京に住まう人々を手厚く庇護し、彼らの日々の暮らしを守ることには労を惜しまなかった。
信長は無慈悲な破壊者ではない。
壊さねばならぬものは完膚なきまでに破壊するが、守るべきものには仏の如き慈愛を見せる為政者だった。
(御館様と元就は似ているようでやはり違う。全てを壊し尽くした先に元就が築こうとしているものとは…一体何なのだろうな)