第82章 誘惑
嬉しかった
此度の懐妊では、何かと心が乱れることが多く、気持ちが不安定になっていたから、信長様がいつも傍にいて下さって正直心強かったのだ。
連日の甘やかし、口づけ攻勢も、もしかしたら私の情緒不安定を心配した信長様なりの気遣いなのかもしれなかった。
上洛されると聞いて、不安で心が揺らいだ。
ひと時でも離れていることが不安で、辛くて堪らなかった。
信長様に依存し過ぎていると分かってはいても、不安な気持ちは抑えられなかったのだ。
そんな私を一人置いていけないと、帝の御命令に背くことも厭わないほどに大事に想って下さる信長様の気持ちが嬉しかった。
嬉しかった……けれど、自分が愛しい人の足枷になってしまっているようで、歯痒くもあった。
私のせいで、信長様が帝や公家衆から御不興を買うようなことになってはならない。
心を強く持たねばならない……信長様の為にも、お腹の子の為にも。
「信長様、私は大丈夫ですから…家康たちもいてくれますし。私のことは心配しないでご上洛なさって下さいね」
「朱里っ…」
ぎゅっと強く抱き締めてくれる腕に、私もまた、そっと触れる。
このまま、この腕を離したくはなかった。
「何かあったら、すぐに知らせよ。些細なことでも、全てだ。よいな?」
「はい、必ず……お約束します。あの…信長様?」
「ん?」
「信長様も…お約束、頂けますか?」
「?何をだ?」
「っ…あの…そのぅ…京で、浮気、しちゃダメですよ?」
「はぁ?貴様…何を寝惚けたことを…」
「だ、だって…京には、所謂そういう所がいっぱいあるって光秀さんが言ってたから……そのぅ…最近、私達、最後まで、し、シてないし…信長様、もしかして欲求不満なんじゃ……」
最近は私ばかりが甘やかされていて、信長様は満足されていないんじゃないか、そんな時に京で綺麗な女の人に迫られでもしたら…と思うと、もう心配で心配で……
「………………この…大馬鹿者が」
「えっ…あっ…んんっ!」
唇を丸ごと喰われるような激しい口づけが降ってきて、それ以上の言葉を紡げなくなった私は、そのまま、信長様から与えられる狂おしいほどの熱情に溺れていったのだった。