第82章 誘惑
「体調が悪いのか?家康は何の用で来ておった?」
首筋に尖らせた舌先を這わせながら、くぐもった低い声で囁くように問いかけられる。
「んっ…っ…張り止めの薬を持ってきてくれて……最近、少しお腹が張ってしまって…っ…あっ…」
ーちゅうぅっ……
敏感になった首筋に、熱い唇が押しつけられて、貪るように強く吸い付かれた。
「あっ、んっ…だめっ…激しくしちゃ…」
信長様の口づけは気持ちイイ 堪らなく甘美で…口づけだけで身体が疼いてしまう。
でも…あまりに快感過ぎると、お腹がきゅうぅーっと締め付けられるように疼いてきて………
「んっ…ダメっ…待って…」
ーボコっ!
「くっ…此奴っ…」
いきなりお腹の中で子が動き、信長様は私のお腹の上に乗せていた手を、慌てた様子で離す。
「此奴、今、俺の手を蹴りおったぞ。母を取られまいという意思の表れか…俺を牽制するとは、なかなかやってくれるな。くくっ…腹の子は男やも知れんな」
可笑しそうに、くくっと笑いながら、首筋から顔を離し、優しい手つきでお腹を撫でてくれる。
「も、もう…信長様ったら……」
乱れた呼吸を整えつつも、信長様の腕の中に身を委ねていると、すっぽりと包み込むようにして抱き締めてくれる。
信長様の少し高めの体温がじんわりと伝わってきて、心も身体も幸せに満たされていくようだった。
「此度のご上洛は、長くかかりそうですか?」
信長様は明後日、京へ上られる。
先の大雨では、京にも少なからず被害があったそうで、帝から織田家へ、御所の破損した塀を修繕するよう依頼があったのだ。
『それに合わせて信長も上洛するように』と、帝から直々に御命令が下って……急遽、信長様のご上洛が決まったのだった。
「塀の修繕は俺が指揮するまでもない。京に常駐している代官たちに命じて既に作業を進めておるからな。
上洛は帝の御命令ゆえ仕方ないが…全く、面倒なことだ…」
「ふふっ……」
信長様は、此度のご上洛を最後まで渋っておられたそうだ。
大坂に城移りしてからは、何かにつけて京から呼び出されることが増え、内心は辟易しつつも、その都度きちんと応じておられたのだが……此度は最後まで、上洛することに難色を示されたそうだ。
その理由を尋ねた私に、信長様は平然と仰った。
『身重の貴様を一人置いて、上洛など考えられん』と