第82章 誘惑
特に、口づけが……すごいんだけど、そんなこと、家康には言えなかった。
身体の交わりの代わりというわけではないのだろうが、最近の信長様の口づけ攻勢はすごい。
朝目覚めたらまず、抱き締めてちゅっちゅっと啄むように顔中に口づけられ、昼間も政務の合間を縫っては私の自室まで来て下さると、侍女たちの目も気にせず、時間の許す限り何度も口づけられる。
夜はもう……とろとろに蕩けるぐらいに甘やかされて、濃厚な口づけでぐずぐずにされてしまう。
毎夜、唇だけではなくて、胸の先からお腹の上、つま先へと、余す所なく口づけの雨が降らされるのだ。
こんなに甘やかされたらダメになってしまうんじゃないか、と思うぐらいで…そのおかげで、訳もなく感じていた様々な不安も、今では感じる暇もないほどに、濃密な時間を過ごせている。
信長様の柔らかな唇の感触
肌を滑るように全身に這わされる舌の熱さ
身体の芯まで痺れるような快感
「………朱里、あんた、大丈夫?顔、赤いよ?」
「えっ…だ、大丈夫だよ…」
(いけない…信長様の口づけ、思い出しちゃった…だって、今朝もあんなに…激し…)
ースパンッ!
「朱里、俺だ、入るぞっ!」
「の、信長様!?」
いきなり襖がスパンッと開いたかと思うと…信長様が勢いよく入って来られた。
「……なんだ、家康が来ておったのか」
私と家康を交互に眺めてから、不満げにボソっと呟いた信長様に対して、家康は苦笑いを浮かべる。
「お邪魔してます……って、そんなあからさまに嫌そうな顔しないで下さいよ、大人げない。
政務の方はいいんですか?上洛の準備、忙しいんでしょ?秀吉さんが朝から走り回ってましたけど」
「……今は、休憩中だ」
「はぁ……じゃあ、ごゆっくり…。朱里、体調悪くなったら、すぐ言って。我慢はダメだよ」
「う、うん…ありがとう、家康」
この分だと秀吉さんが騒いでるだろうな、はぁ…面倒、と秘かに心の中で呟きながら出ていく家康を見送っていると、信長様にいきなり背中から抱き締められた。
「っ…信長様?」
首筋に顔を埋めて深く息を吸われる。
「…良い香りがする。貴様の肌は、甘くて…瑞々しい果実のようだな」
「っ…やっ…んっ…そんなこと…言わないで…」