第82章 誘惑
シトシトと降る雨音に耳を傾けながら、私は手元の縫い物に目を落としていた。
肌触りのよい木綿生地を、ひと針ひと針大切に縫い進めていく。
産まれてくる子のことを考えながら、むつきを縫う時間は、私の心を穏やかにしてくれる。
ーポコっ
「わっ!ふふっ…今日も元気いっぱいだね」
膨らんだお腹の中で小さな命が元気よく動くのを感じて、自然と笑みが溢れる。
日に何度も感じる、お腹の子の命の証に、愛しさが募っていく。
よしよしと撫でてやるようにお腹を摩っていると、再び、ポコリと内側から返事をするように動いてくる。
まだ見ぬ我が子と繋がっているような気がして、私は嬉しくて満たされた心地に包まれていた。
「朱里、俺だけど…入っていい?」
思いがけず、自室の襖の向こうから呼びかけられた声は、家康の声だった。
「家康?どうぞ………」
すっ、と襖が開いて入ってきた家康は、チラリと私の手元に視線をやる。
「縫い物してたの?あんまり夢中になり過ぎちゃダメだよ。はい、これ、張り止めの薬。最近、お腹が張るって言ってたでしょ?
無理するとお腹の子に良くないよ?」
「ありがとう!結華の時は、お腹が張ることなんてなかったんだけど……」
少し動き過ぎたりすると、痛くはないのだが、すぐお腹がきゅーっと張り詰めたようになってしまい、最近はあまり動き回ったりも出来ず、こうして縫い物などをして過ごすことが多くなっていた。
「二人目って言っても、結華を産んでから間が開いてるからね。あんまり無理しないで……っ…その、夜伽も、ね……」
「っ…う、うん……最近は、控えてもらってるよ…」
「っ…そう、ならいいけど…意外だな、あの人、ちゃんと我慢出来てるんだ…」
「の、信長様はお優しいもん、当然だよっ!」
「へぇ……」
疑わしげな目を向けてくる家康に、思わずタジタジとなってしまう。
(夜伽は我慢してもらってるけど、それ以外の触れ合いは……いつも以上に熱烈なんだけどね…)