第81章 雨後
「何なのだ、一体…どうしたいのだ?」
はぁっ、と深い溜め息を吐きながら身を起こし、寝台の端に腰を下ろす。
朱里もまた、乱れた襟元をかき合わせながら身を起こし、寝台の上にペタンと座り込む。
「ごめんなさい、信長様…私っ…不安で堪らなくて…自分でもよく分からないんです。待ち望んだ御子がようやく宿ったというのに、心が乱れてばかりで……
ちゃんと大きくなってるのかな…何故まだ動かないのだろう…っ…私、ちゃんと元気に産んであげられるのかなって……。
毎日そんなことばかり考えて……一人でいるのが辛くて…っ…」
信長様が帰城されたという知らせを聞いた途端、居ても立っても居られなくなった。
早く逢いたくて…お顔が見たくて…抱き締めて欲しくて……気がついたら、千代が止めるのも聞かずに、城門へ向かって走り出していたのだ。
(お腹の子のことも考えないで走ったりして…ほんと母親失格だ)
信長様に叱られて当然なのに、あろうことか皆の前で人目も憚らずに抱きついてしまって……これじゃあ、おねだりしてるって思われても仕方ない。
ただ、不安な気持ちを落ち着かせたかっただけなのだけれど……
「朱里、腹に子が宿ると、女子は訳もなく気持ちが不安定になるようだ。皆、そういうものらしいぞ」
「っ…そうなのですか??」
「不安な気持ち、心配事は、俺にも打ち明けよ。貴様の不安、その半分を俺に分け与えよ。二人で分かち合えば、心配事も半分になる。そのかわり、貴様の喜び、嬉しきことも半分、俺に献上せよ」
二人で半分ずつ分け合う…不安も喜びも。
私は……一人じゃないんだ。いつだって信長様は私を想って下さってるんだ。
「ありがとうございます、信長様…嬉しいです。あの…私のこの喜びの半分、貰って下さいますか?二人で同じ喜びを共有できれば、それはきっと、半分ではなくて、二倍の幸せになるような気がするんです」
「ふっ…それもそうだな……」
信長様の手が、私の髪を優しげな手つきで梳いていく。
ゆっくり 何度も何度も
髪に触れていた手は、やがて頬へと滑り、温かくて大きな手が、両手で包み込むようにして頬に重ねられる。
「朱里…愛してる」
「んっ………」
ゆっくりと近づいてきた唇がふわりと触れ合って……愛を余すところなく注ぐかのように、深く深く重ねられていった。