第81章 雨後
翌朝はまた天候が思わしくなく、どんよりと曇った空からは、今にも雨粒が落ちてきそうだった。
雨が降り出す前にと、早朝から崖崩れの復旧にかかったおかげで、思った以上に作業が早く進み、道は元どおり通行できるようになっていた。
昨日今日で村の復旧にも一通りの目処が立ったため、今日は陽が傾く前には、帰城できそうだった。
「秀吉、この様子だと今宵もまた雨が降るやもしれん。土砂が再び流れ込まむぬように土嚢を積み、充分に備えておくように伝えよ」
「はっ!」
梅雨時の雨は長引く。せっかく修復したものの、再びの雨で流されてしまっては元も子もない。
自然というものは、実に、人の思いのままにはならぬものだ。
自然の大きな力の前では、人の築いたものなど、呆気なく壊されていく。
だが人は強い。知を尽くし、何度でも立ち上がっていけるのだ。
日暮れ前に村を出て、帰城の途に着く。
一行が城下の入り口へと差しかかった頃、薄暗く翳りを帯びた空からは、ついにポツンっ、ポツンっ、と小さな雨粒が落ち始めた。
「降り出しましたね、御館様。間もなく城門前ですので、急ぎましょう!」
やはり今宵も雨になるか…ひどく降らねばよいが…と憂いながら空を見上げた信長の頬にも、ポツリと小さな雫が落ちかかる。
それを、ぐいっと拳で拭うと、手綱を握り直して馬の足を早めた。
城門前に着き、手綱を緩めようとした時だった。
「信長様っ!」
「っ…朱里っ!?」
名を呼ばれ、見ると、朱里は城内から出てくるところだった。
(っ…あやつ、何をやっておるっ…)
小雨の降る中、走ってくる朱里の姿を見て、弾かれたように馬から飛び降りると、自身も駆け出していた。
「朱里っ、貴様、何をやって…っ!………」
「信長様っ!!」
勢いよく走ってきた朱里を抱き止めた信長は、今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにして抱きつく朱里の様子に息を呑む。
(こんなに取り乱した朱里を見るのは初めてだ。どうしたというのだ……)
「貴様、身重の身体で走るなど…何を考えておる?雨も降っておるというのに……転びでもしたらどうするのだっ!」
「ふっ…うっ…信長さまぁ…」
幼い子供のように、ぎゅうっと抱きついて、胸元に顔を埋める姿はひどく頼りなげだった。