第81章 雨後
降る雨は一向に弱まる気配がなく、ガタガタと雨戸を揺らす風の音とともに叩きつけるように降り続いている。
向かい合って朝餉を頂きながらも、私は外の様子が気になっていた。
(こんなに風が強くて、城下の家々は大丈夫かしら…雨も降り続いているし、川の様子も心配だわ)
大坂の地は河川が多く、城の周辺には淀川と呼ばれる大きな川も流れている。
淀川は近淡海(ちかつあわうみ)にも繋がっており、安土ー大坂間を船を使って物資を流通させる為の、重要な河川であった。
信長様は石山の地に大坂城を築かれる際に、周辺の河川の整備にも力を入れられており、異国から堺へ届いた物資や文化が、いち早く各地へ流通していく仕組みを作られていた。
織田家は、早い時期から志摩の九鬼水軍を傘下に引き入れ、海上を制することに注力してきた。
幼い頃に慣れ親しんだ、尾張国熱田や知多の海で、海上流通の重要性を理解しておられた信長様は、水軍の強化と河川の整備に力を入れるのも誰よりも早かった。
領地の村々を流れる小さな川や水路もまた、穀物を豊かに生育し、安定的な収穫を確保する為にも、日頃の整備が欠かせない。
今日のような大雨や、梅雨時の長雨が続く時期は、川の氾濫なども心配だった。
「雨、よく降りますね」
「ああ、一向に弱まる気配がないな。この様子だと、このまま梅雨入りするかもしれんな」
秀吉に命じて、領地の村々の様子を報告させなければならん…光秀には、京の様子を調べさせねば…と、様々なことを思考しながらも、箸を動かす手は止めず、信長は朝餉を口に運んでいく。
今朝は急遽、軍議を取り止めた。
久しぶりに、朱里とゆっくり朝のひと時を過ごし、満たされた心地だった。
これまでの自分なら、何をおいても政務を優先してきたはずだが、今朝は何となく、もう少し朱里と一緒にいたいと思ったのだ。
身体の交わりが欲しかったわけではない。
子を身籠った身体では、以前のように己の欲望のままに抱くというわけにもいかず、正直、不完全燃焼な夜もある。
だが、交わりは淡白でも、心の内は深く結びついている実感があり、それはそれで満足していたのだ。
(朱里といると、際限なく貪欲になる。もっと傍にいたい…もっと甘やかしたい…もっと、もっと、と……)