第80章 魔王と虎
「あ、あの…私にも何か信長様をお手伝いできること、ないですか?光秀さん…」
「ふっ…お前は、今のうちにゆっくり休んでおいた方がいいんじゃないのか?今宵は眠れぬかもしれんぞ…あ、いや、今宵も、か…」
「!?なっ!?」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべる光秀さんに、反論できない自分がちょっと恥ずかしい。
赤くなった顔を背ける私を見て、くっくっと面白そうに笑っていた光秀さんだったが、ふと思い出したように話を続ける。
「そういえば、お前、『甲斐の虎』に口説かれたそうだな」
「えっ、あっ……」
(そうだ…光秀さん、信玄様のことを調べに行ってたんだった…)
「口説かれたっていうか……揶揄われただけですよ、多分。光秀さんは、信長様の命令で、信玄様の動向を調べてるんですよね?
……何か、分かりましたか?」
「くくっ…『虎』は今宵の祝宴に来るそうだ。御館様がどのような顔をなさるか……楽しみだな」
「………え?……ええっ?」
(どういうこと!?信玄様が信長様のお祝いの席に?…っ…大丈夫なの、それ?)
少し考えただけでも危険な香りしかしない。
城下で顔を合わせただけで、斬り合いになりそうだったのに、宴で同席するなんて…一体、何の冗談なんだろう。
「どうした?別におかしなことではないだろう?織田と武田は一応、今は同盟関係だからな」
「っ…それは、そうですけど……それ、信長様もご存知で?」
「無論だ。……だから今、御館様の機嫌は、すこぶる悪い」
ニヤリと笑う光秀さん。
(それ、笑うとこじゃないですってば!)
「というわけで、今宵の宴の成功は朱里、お前にかかっている」
「は?それ、どういう……」
「お前がいかに上手く信玄殿をあしらい、御館様の興を惹けるか、ご機嫌を取れるか、だ」
「そ、そんな無茶苦茶なっ…」
急に真面目な顔をして見つめてくる光秀さんに対して、私は一気に絶望の淵に立たされた気分だった。
(無理っ…絶対に無理……)