第80章 魔王と虎
甘やかな朝のひとときを過ごした後、信長様は迎えに来た秀吉さんと共に天主を出ていかれた。
誕生日当日の今日は、朝からたくさんの方との謁見の予定が詰まっているらしい。
今朝の開口一番、信長様への言祝ぎを朗々と述べる秀吉さんに対して、喜んでいるような呆れているような複雑な表情を見せる信長様を見て、今日は一日大変そうだなと、秘かに心配になる。
多くの人が自分をお祝いしてくれる…それはきっと信長様も嬉しいに決まっているけれど、堅苦しくて形式的なことが大嫌いな御方だから、延々と祝いの言葉を聞かされたりなんかしたら……我慢の限界が来てしまうんじゃ……
今年の謁見には、私は身重の身ということで同席はしない予定だから、一緒にいられない分、余計に心配になってしまう。
(大丈夫かなぁ…)
不安な気持ちのまま、私も天主を出て自室に戻ることにした。
今日は夜の祝宴まで、信長様には逢えないだろう。
今年の祝宴は、いつもの酒宴ではなくて、城の中庭で薪能(たきぎのう)を鑑賞しながらの酒宴ということになっている。
将軍家の芸事を取り仕切っていた名高い同朋衆が演じる猿楽能のほか、幸若舞や白拍子達の女舞など、多彩な演目が予定されているのだと、準備を担当している三成くんが教えてくれた。
賑やかなことがお好きな信長様にぴったりの催しに、私まで心が浮き立つ思いだった。
「おっと!…朱里か、危なかったな…」
「ひゃっ…み、光秀さんっ…」
廊下を曲がったところで、前から来ていた光秀さんと危うくぶつかりそうになる。
「ごめんなさいっ…えっと、光秀さん?それ…なんですか?」
光秀さんは、両手に抱えきれないほどたくさんの書簡らしきものを抱えていた。
「ん?ああ、これは全て、御館様宛ての祝いの文だ。謁見の合間に目を通して頂かねばならんのでな」
「ええっ、こんなに!?」
「くくっ、これは今日届いた分だ。これの倍以上の数が、昨日までに届いていたぞ。まぁ、今年は例年以上に多いようだな」
平然と答える光秀さんの言葉に、開いた口が塞がらない。
(こんなにたくさん読まないといけないの?信長様……今日は休む暇もないんじゃ……誕生日なのに、こんなにもお忙しいなんて…)
お忙しい信長様とは逆に、私は皆がお腹の子を気遣ってくれるおかげで夜まで特にすることがなく、何だかとても申し訳ない。